苦し紛れの一言が泥沼の発端に
「あの、Bはいませんけど……どちらの××さんなんですか?」
オペレーターはマニュアル通りに家族かどうかを確認する。
「失礼ですが、Bさまのご家族の方でしょうか」
けれど、そこで女性からは「いいえ、違いますけど」という答えが返ってきたため、オペレーターは社名を名乗ることができなくなってしまった。
「あの、Bとはどういう関係なんですか?」
「え? ××と言ってくださればわかりますから……」
答えに詰まったオペレーターが苦し紛れに発した言葉が、泥沼の発端になった。この女性はBさまの同棲相手だったのだ。でも身元を明かさないオンナから何度も電話がかかってきたことでケンカとなり、ついに家を出てしまったのだそうだ。
確かに厳密には「ご家族」ではないのだけれど、このケースは、不運に不運が重なったというか……。
「彼女にはもうすぐプロポーズしようと思っていたのに、ど、どうしてくれるんですか……!」
電話越しで聞こえる男性の声は怒りなのか、悲しみなのか震えていた。
「ほ、本当に申し訳ございません……!」
「責任を取ってくださいよ! なんとかして彼女を取り戻してくださいー!!!」
私は電話でお客さまに謝罪し、上司と相談して経緯を説明した手紙を出した。
なんとかこれを読んで、彼女が怒りを鎮めてBさまの元に戻ってくれることを、心の底から祈りながら……。
回収率100%の奇跡の債権?
「ねぇ、N本さん。回収率100%の債権、回収させてあげようか?」
口元に不敵な笑みを浮かべつつ近寄ってきたのは、私の教育係でコールセンターの青いあくまことK藤先輩だ。手には、なぜか禍々しいオーラを放つ分厚いファイルが握られている。
「えっ……なんですかそれ?」
今度はどんな無茶ぶりがくるんだ、と身構えつつ私は答えた。いつもあんまり表情を動かさないK藤さんにしては珍しく、今日はニヤニヤとしている。
「フフ……すごいのよ。こんなに回収率が高い商品は二つとないわ。しかもお客さまは絶対に怒鳴らない、まさに『奇跡の債権』なんだから」
怪しい。