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“最高ランクのホテルでも、部屋に押し入り強盗が…” 中国人“毒婦”の故郷で過ごした「緊迫の一夜」

『中国人「毒婦」の告白』#28

2021/02/11

 2006年、“中国人妻の夫殺人未遂事件”が世間を騒がせた。お見合いツアーを経て結婚した中国人妻の鈴木詩織と、親子ほども年の離れた夫、鈴木茂。その詩織がインスリン製剤を大量投与するなどして、茂が植物状態に陥ったのだ。夫の目を盗んで性風俗で働いていたことや、1000万円で整形した等との噂も影響して、センセーショナルな報道が相次いだ。そんな中、事件記者として取材を進めていた、田村建雄氏は、獄中の詩織から300ページに及ぶ手記を託される。取材の様子を『中国人「毒婦」の告白』から抜粋して紹介する。(全2回中の2回目。前編を読む)

◆◆◆

最高級ホテルでも強盗にあう危険が

 その頃には、既に深夜零時を回っていた。とりあえず私たちは何と別れホテルに戻ることにした。店を出ると何はもう一度、私に握手を求めてきた。何の汗ばんだ生暖かい掌から、必死さが伝わってきた。ようやく私の掌を離した何は、馬に何事かを囁いてから、五常市の暗い街の中に消えて行った。

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 車に乗り込むやいなや馬が私にこういった。

「これから泊まるホテルは五常市では最高のホテルです。でも何さんがこういっていました。数ヶ月前、仕事でやってきた日本人ビジネスマンが宿泊していた時、深夜、強盗が押し入りナイフを突きつけて、あり金全部を強奪していったそうです。何さんは、おそらく街の中で豪勢に食事しているところを見られ、それが街の悪党たちの噂になって狙われたのでは、といっていました。そこで先生、何さんは、こうアドバイスしました。今夜は、私と運転手が1つの部屋で、田村先生は1人で泊まる予定だろうが、それでは危険なので、私が先生と同じ部屋に寝て、護ってあげてください、と。つまりボディガードをしてあげてくださいとお願いされました。真剣でした。先生がOKなら私はご一緒しますが」

 ここは中国の地方都市。治安が悪いことは中川からもさんざん聞かされていた。地元の人がそう心配するなら「郷に入れば郷に従え」を実践するのが賢明だ。

「では馬さんお願いします」と私は深々と頭を下げた。

 ホテルに戻り部屋に入るには、またあの「タイツ女」に鍵を開けてもらうしかない。「タイツ女」はまたタイツ姿のまま眠たそうに起きてきてガシャガシャと鍵を開けてくれた。

 部屋に入ると馬が「シャワーを浴びてください」という。その言葉に甘えて浴室に行くと、五常市最高のホテルだというのに壁はうっすらと黄ばみ、タオルは洗濯してあるのかどうか、少し黒ずんでいる。それにお湯を出したが、しばらくたっても温かくならない。結局私は、シャワーも断念し、馬に「僕は寝ます」と宣言し、ベッドに横になった。

 ところが馬は風呂にもベッドにも入ろうとせず、ドア付近で、ガタゴトなにかしている。見ると、部屋の片隅にあった椅子をふたつドアの前に立てかけ、その上に、備品のふた付の茶碗を乗せた。部屋はツルツルする固めのフロアなので、仮にドアが押し開けられれば茶碗が落ち、ガチャーンと厳しい音がするという寸法だ。まさに馬は義兄がいったことを真剣に受け止め、賊が入ることを想定して対策をとっていたのだ。