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 とくに、現場の首脳陣に関しては、感情的な相性を含めた人間関係が人事を左右するケースが多い。

 彼らは自分のブレーンをことのほか大切にしていて、監督が他球団に移籍すると、コーチ陣もごっそりと動くような例が少なくない。そうした文化のなかでは、当然ながら、派閥も形成されやすく、ときには指導者としての能力以上に、政治的なセンスにすぐれた人物が権限を握りがちだ。

 そのような構造の是非はともかく、メジャーリーグも生身の人間たちで成り立っている以上、ほかの人間社会と同じような問題を抱えていた。

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苦境のなかの一筋の光

 僕にとっては憂鬱なスプリングトレーニングとなったが、投手コーチの存在には少なからず救いを感じた。

 当時、レンジャーズの投手コーチだったのはマイク・マダックスという人物である。1990年代から2000年代前半にかけて、メジャーを代表する投手のひとりだったグレッグ・マダックスの実兄としても知られている。

「フジ、カブスでは投手コーチとの間で何かあったみたいだな」

 最初、彼がそう声をかけてきたときには警戒しかけたが、

「何があったか知らないが、だいたい想像はつく。そんなの気にするな」

 と、彼は僕の背中をポンとたたいてくれた。その瞬間、ふっと両肩の力が抜けたような気がした。

 ちなみに、マダックス投手コーチはそのシーズンが終わるとレンジャーズを退団して、ワシントン・ナショナルズに移籍している。

 開幕時の出場選手枠に僕を入れるつもりはないと明言したことに加え、契約を無視してまでスプリングトレーニングでの多投を命じた監督の意図は、誰の目にも明らかだった。

皮肉ななりゆき

 だが、そのことで僕の右肘に問題がないことが証明されてしまったのは、皮肉ななりゆきだった。客観的に見て、僕を故障者リストに入れる理由がなくなってしまったのだ。

 ところが、スプリングトレーニングの終盤で、不運にも僕は大胸筋(だいきょうきん)を痛めるアクシデントに見舞われてしまった。とはいえ、戦列から離れて治療しなければならないほどの問題ではなかった。

©iStock.com

 開幕を目前に控えたある日、本拠地のグラウンドでマダックス投手コーチがキャッチボール程度の軽い練習につき合ってくれた。そして、僕のコンディションを確認して、問題はないと判断した。

「オーケー。フジ、おめでとう」

「ありがとう。おかげで開幕に間に合ったよ」

 そうして握手を交わすと、マダックス投手コーチは「フジが間に合ったって、フロントと監督に報告してくる」と、事務所へ向かった。