オリンピック・パラリンピックの精神に反して不適切だったのは、発言ではなく存在ではないのか? これほど謝罪する気のない会見を見たのも久方ぶりだが、燃えている炎に「これでもか!」と油をガンガン注ぐような謝罪会見も、昨今ではほとんど見ることがない。その意味では、この謝罪会見は悪い例として最適な教材だったと言える。

謝罪会見に臨んだ東京オリンピック・パラリンピックの大会組織委員会の森喜朗会長 ©AFLO

会見を通してみられた「肯定的幻想」

 さすが元首相、スポーツ界のドンというだけあり、会見を通してみられたのは東京五輪パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の「肯定的幻想」だ。心理学者のフレデリック・テイラーによると、人は誰しも自分自身のことを客観的に正確にではなく、肯定的に見ていると言われている。それにより自尊感情を高め精神的健康を保っているのだが、肯定的幻想も度を過ぎると自分を現実以上の存在、他人よりも優れていると思い込み、自分のコントロール力、統制力を過大に評価することになる。

「そのためにまず深く反省をしております。そして発言いたしました件につきましては撤回したい。不愉快な思いをされた皆さまにはお詫びを申し上げたい」

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 視線を書面に落とし謝罪の言葉を読み上げるも、一度も頭を下げることはない。撤回します、申し上げますではなく、“したい”、“申し上げたい”と語尾を強める。一方的なモノの言い様に謝罪の気持ちを感じ取ることはできず、撤回したいと言っているんだからいいだろう、不承不承お詫びしてやるからどうだ、という印象が強い。

森喜朗会長の釈明会見(FNNプラムオンラインより)

他人よりも上の存在と思い込んでいるのか

 政治家時代は、親分肌と言われていた人物だ。このような物言いが森会長の持ち味かもしれないが、自分は他人よりも上の存在と思い込んでいると、この場においても強調したいのだろうか。

「昨日のJOC評議員会での発言につきましては、オリンピック・パラリンピックの精神に反する不適切な表現であったと認識しております」

 不適切として世間の批判を浴びたのは、前日に都内で開かれた日本オリンピック委員会(JOC)の評議員会での「女性が沢山入っている理事会は時間がかかる」という主旨の発言だ。女性蔑視とも受け取られたが、森会長は他の理事会で聞いた話を少し引用して伝えただけだと説明した。