デジカメとワカメの味噌汁
翌日、私は詩織から「至急、面会希望」の電報を受け取った。慌てて拘置所を訪れると、宅下げをするので、義兄の何に子どもたちへの土産を買って持たせて欲しいという依頼だった。
「デジタルカメラと、あの子たちは日本の味噌汁が大好きなので、ほら、あれ、なんといいましたっけ……」
実は、この話題に移ったのは、裁判の見通しや、何の東京でのホテル滞在の状態などを話し合った後なので、面会時間は残り少なくなっていた。
「ホラ、ホラ、インスタントの味噌汁で柔らかいの」
私には思いつかない。
「ネギ? ダイコン? シジミ?」
出鱈目に言ってみるが、詩織は首を振るばかり。
「ホラ、ぬるぬるした」
「なめこ?」
「違う!」
やはり分からない。時間は刻々と過ぎ、詩織は焦り始めていた。
「みどりぽい、ぬるぬる」
「ワカメ!」
「ソレ! ソレソレソレ!」
アクリル板製の仕切り窓を隔て、長期の懲役囚になろうかという被告と私の、実に日常的な事柄での切羽詰まったやり取りに、女性刑務官が横を向いて必死に笑いを堪えている。それに気付いて私も詩織も、思わず声を出して笑ってしまった。
何十回と繰り返された詩織と私の面会で2人が心から笑ったのは、多分それが最初で最後だったと思う。
買い物に同行した最終日
もともと何とはその日会う約束をしていた。だから、その日の内に日本橋のビジネスホテルにいた何を連れ出し近くのデパートに行った。しかしデパートには詩織から渡された3万円で買えるデジカメは無かった。仕方なく地下鉄で秋葉原の大型家電販売店に移動し、そこのカメラコーナーで購入することにした。
さすが秋葉原は中国人観光客ご用達の街だ。中国語で対応できるスタッフもいるし、商品説明書も中国語仕様になっている。しかも、普及品が豊富でディスカウントプライス・プラス・タックスフリー。
何は、かなり真剣、というより執拗に中国語スタッフと交渉し、小一時間かけて2万円程のデジカメを購入した。
次はワカメの味噌汁だ。同じ秋葉原にある食品卸し問屋のような店舗に行き、山ほどのワカメの味噌汁、そしてラーメンなどを購入した。私にすれば、いずれも同工異曲のインスタント食品なのだからと思えるが、何は何度も逡巡し、ここでも数十分を費やした。
結局、私は何の東京滞在の最後の日の世話役のようになってしまった。