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東京駅の新幹線ホームへ見送りに

 翌23日は何がいよいよ中国に帰る日である。弁護士は仕事があり、留学生の陳も都合がつかないという。こうなれば毒を食わば皿まで。朝7時30分、東京駅の新幹線ホームまで私が送ることとした。新潟からのハルピン行き飛行機は正午すぎに出る。従って午前7時30分の新幹線に乗れば新潟に9時30分。そこから飛行場までの移動時間を計算に入れても10時すぎには新潟空港に到着できる筈だ。言葉や案内の文字が解らず少しぐらい迷っても、2時間以上あるので十分間に合うだろう。

 私はホームに行き、車両の中まで付いていって、指定された座席に何を座らせた。たまたま隣が新潟まで行く初老の男性だったので、何が中国から来た人間で日本語がまったく分からないから着いたら飛行場へのバス乗り場を教えてやって欲しいと依頼した。

©️iStock.com

 何は出発の時、周囲の客をものともせず、満面の笑みをたたえ、元気いっぱいに両手を振って私に別れの挨拶をした。

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 やれやれである。詩織の裁判で、月刊誌の仕事が大幅に遅れていたので、私はその足で北関東の小都市に出張取材に出かけた。

「何さんが変なことに……」

 昼少し前だろうか。一仕事終え、喫茶店で取材メモの整理をしていると私の携帯電話が激しく振動した。オンにすると留学生の陳の切羽詰まった声が耳元で大きく響いた。

「田村さん! 何さんが、なんか変なことになっている! いま、船の上にいるというのだけれど、どうも飛行場に向かっていないらしい……」

 私は呆然としたが、直感的に海だ!と思った。

「何さんは、また電話するといって一旦切ったのだけれど僕には、もう良く分からないよ! どうしたらいい?」

 何はどう間違えたのか、新潟港から船に乗り、「変だ」と思い、その船上の公衆電話から陳に連絡してきたらしい。

「陳さん、今度何さんから電話が来たら船の乗務員に代わってもらい、私の携帯に電話をくれるよう頼んでください」

「分かりました」

©️iStock.com

 間もなく船の乗務員から電話が来た。佐渡行きのフェリーだという。私は事情を説明し、佐渡に着いたらそのまま何を新潟に戻る船に乗せて欲しいと懇願した。幸い船のスタッフの中に中国語を話せる人がいるという。ラッキーだ。

 佐渡―新潟間は約2時間半。いずれにしろ、予定の飛行機には間に合わない。(後編に続く)

中国人「毒婦」の告白

田村 建雄

文藝春秋

2011年4月20日 発売