2006年、“中国人妻の夫殺人未遂事件”が世間を騒がせた。お見合いツアーを経て結婚した中国人妻の鈴木詩織が、親子ほども年の離れた夫、鈴木茂に、インスリン製剤を大量投与するなどして、植物状態に陥ったのだ。夫の目を盗んで性風俗で働いていたことや、1000万円で整形した等との噂も影響して、センセーショナルな報道が相次いだ。そんな中、事件記者として取材を進めていた、田村建雄氏は、獄中の詩織から300ページに及ぶ手記を託される。取材の様子を『中国人「毒婦」の告白』から抜粋して紹介する。(全2回中の1回目。後編を読む)
◆◆◆
あなたの故郷を見たい
控訴審判決が迫る1ヶ月程前、私は、まったく別の用事で急に北京に行かなければならなくなった。
そこで私は、この際、せっかくだから、中国の詩織の故郷を訪ねてみようと思いたつ。一体、詩織がどんな環境で育ち、20歳前後という若さで、どんな思いで日本に来ようとしたのか。彼女が夢見たという日本の桜や富士山、着物とはどんなものだったのか。それを知るには生まれ育った地を見るのが何よりと考えたのだ。彼女を“悪逆非道な鬼嫁”と決めつけるのは易い。しかし、人は突然“鬼”になったりはしない。詩織と茂のボタンの掛け違いがどこかにあったのは確かだ。そのヒントを彼女の故郷を訪れることで摑めるのではないか、と私は思ったのだ。
私は獄中の詩織に「あなたの故郷を見たいので詳しい住所を教えて欲しい」と申し出た。しかし、詩織は頰を少し赤く染めながら激しく首を横に振った。理由は、両親や係累に現在の惨めな状況を知られたくないからだとピシャリという。彼女は、この時点で、まだ逮捕された事実すら両親に知らせていなかったのだ。
お姉さんと連絡とってみます
「私は9月に中国に行く用事がある。その時、ハルピンからあなたのお子さんが住んでいるところに行って、あなたの現在の様子を伝えたい。
知られたくないという気持ちは分かります。しかし、裁判は続き、判決が出て有罪になれば、さらに長引きます。その時、子どもたちが、現状を突然知ったらショックはもっと大きなものになるでしょう。子どもたちに罪はありません。詳細を知られるのが嫌なら、せめて、お母さんは、いま日本でトラブルに巻き込まれ、連絡が取りにくいが、毎日あなたたちのことを心配しながら元気に過ごしているとだけ伝えても安心すると思います。日本からのおみやげとして何かあれば、それも手渡してきましょう」