2006年、“中国人妻の夫殺人未遂事件”が世間を騒がせた。お見合いツアーを経て結婚した中国人妻の鈴木詩織が、親子ほども年の離れた夫、鈴木茂に、インスリン製剤を大量投与するなどして、植物状態に陥ったのだ。夫の目を盗んで性風俗で働いていたことや、1000万円で整形した等との噂も影響して、センセーショナルな報道が相次いだ。そんな中、事件記者として取材を進めていた、田村建雄氏は、獄中の詩織から300ページに及ぶ手記を託される。取材の様子を『中国人「毒婦」の告白』から抜粋して紹介する。(全2回中の2回目。前編を読む)
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せっかく中国まで来たというのに
私は、単に人を探して、依頼されたお金を渡し、子どもたちが、どんな様子か見たい。それに、詩織がどんなところでどんな風に育ち、どういう精神状態で日本に来たのかを知りたい。
さらに、満蒙開拓団、戦後の混乱の中で故国に帰れなかった多くの日本人が眠る地に立ち、御霊にそっと手をあわせて冥福を祈りたい。たったそれだけなのだ。大げさに考えすぎではないのかと中川に言うと、中川は明らかに不満そうに「田村さんは中国の公安を甘くみている」とプイッと横を向いてしまった。
2人のやりとりを、横ではらはらして聞いていた王が、おずおずと、こう切り出した。
「田村先生、確かに中川先生が言うとおり。農村地帯や地方都市は気をつけたほうがいい。それに中川先生は、中国政府や日本政府に多くの知り合いがいて中国語がベラベラなのに、かつてひょんなことで公安に睨まれ一度は逮捕寸前までいった経験もあるのです。改革開放が進んだといっても中国では慎重の上にも慎重に行動した方が良いと思います」
私は、2人の言葉に、いささか気が萎えてきていた。確かに、これだけ曖昧なら、中国の田舎で人探しするのは困難だろうし危険が伴うということも理解できる。しかし、ここで諦めてしまったら、北京での用事はともかく、せっかく、中国まで来た甲斐がない。それにハルピンまでの往復チケットは既に購入済みだ。何か突破口はないのか。