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2021/01/28

 前記のとおり、このハルピン行きに中川は同行しない。中国語の分からない私にはなんとも不安だ。片言の英語と身振り手振りで国内線乗り場に辿り着き、チェックイン。案内に従ってハルピン行き、25番ゲートHで待っていると、さっそく不安が現実のものとなった。そこにいた人々が、一斉にゾロゾロと移動し始めたのだ。なにか放送があったのかも知れないが、案内は不親切にも中国語のみなので私に分かる筈がない。どうやら出発ゲートが変更されたようだ。再び身振り手振りと片言の英語他でなんとか変更ゲートGに行き無事ハルピン行き飛行機に乗り込んだ。

馬と合流、詩織の生まれ故郷へ

 予定どおり約2時間でハルピン着。ハルピンは黒龍江省の省都で、人口は約1000万人。ロシア人が作った街で、満州国華やかなりし頃は極東のパリと呼ばれていたそうだ。

©️iStock.com

 出迎えロビーに向かうと「タムラタテオ先生」と書いた横断幕を持った青年、馬がニコニコして立っていた。

 馬は30歳前後。身長180センチ以上あり、格闘家といっても通用しそうなくらいガッシリした体つきをしている。

「田村先生。はじめまして、馬です。これからよろしくお願いします。何さんとは連絡がついています。とりあえず、田村先生が行きたい方正県に向かいましょう」

 私が方正県に行くのには、ふたつの目的がある。ひとつは詩織の生まれ育った故郷を肌で感じることだ。そしてもうひとつは満蒙開拓団で祖国に帰ることなく、亡くなった人々に、そっと祈りを捧げること。後者のほうは、私に、そうした係累がいたことによる、まったく個人的な行為だ。ともあれ、通訳兼案内人の馬と空港駐車場に向かうと黒塗りのセダンが待っていた。

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 運転手は50歳代の男。こちらもガッシリした体格だ。

 時間は9時40分。さっそく一路、黒龍江省の方正県を目指す。空港から方正県までは約170キロだという。片側2車線の高速道路がまっすぐに伸びている。軍用も兼ねているとかで、かなり立派なものだ。これなら、戦闘機ぐらいゆうゆうと離発着できるだろう。黒塗りのセダンはそこを時速100キロほどで飛ばす。両側は延々ととうもろこし畑が続く。途中15分から20分の休憩を二度取り、高速を降りる。方正県M市に着いた時には昼を廻っていた。

中国人「毒婦」の告白

田村 建雄

文藝春秋

2011年4月20日 発売

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