2030年には認知症を患った高齢者の資産が国家予算の倍を超える215兆円に到達するという試算がある。その一大資産は、認知症の判断力低下を狙った詐欺や悪質商法の格好の標的になりかねない。資産を運用するだけでなく、長寿・加齢を視野に入れた経済的指針を持つことが大事になってきているというわけだ。そのための対策を積極的に説いているのが慶應義塾大学医学部助教で精神科医の木下翔太郎氏である。

 ここでは同氏が著した著書『国富215兆円クライシス 金融老年学の基本から学ぶ、認知症からあなたと家族の財産を守る方法』(星海社)の一部を引用し、認知機能の衰えた高齢者を“カモ”にしたかんぽ生命の不適切販売問題のあらましを紹介。問題が起きてしまった原因、そして、企業が同様の問題を発生させないための対策を紹介する。

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高齢者をカモにしていた「かんぽ生命の不適切販売問題」の衝撃

 高齢者、認知症の人との契約におけるトラブルについて、「よほど意識の低い企業による例外的な事例だろう」、「詐欺グループとか悪徳業者に騙されなければいい話だろう」と思われた方もいるかもしれません。筆者自身も、以前はそのように考えていました。

 しかし、こうした問題は、実際には我々の身近にも多く存在しています。その最たる例ともいえるのが、2019年に発覚した「かんぽ生命の不適切販売問題」です。

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 この問題は、かんぽ生命保険の代理店にあたる郵便局が、自らの営業目標のために、顧客にとって不利益となる契約を結ばせるなどの不適切な販売を行っていたというもので、日本郵便が総務省と金融庁から業務停止命令を出されるなど、大きな波紋を呼びました。

 問題となった手口は、顧客が既に加入している保険の更新の時期に際して、そのまま既存の保険を延長するのではなく、職員の営業実績となるように「新規の契約」として別途に契約させるといったやり方です。これにより、新旧の保険が同時に存在することで保険料の支払いが二重になる例や、あるいは古い保険を解約して新しい保険を契約することにより保険料が上昇する例、一時的に無保険の状態となる例など、顧客は様々な金銭的なデメリットを被りました。

かんぽ生命の不適切販売問題における不適切な販売の例(かんぽ生命保険契約問題特別調査委員会『調査報告書』より筆者作成

2000人超の職員が処分される事態に

 その他、契約者の支払い能力を超える多数の保険契約を結ばせる例など、様々な不適切契約があったとみられており、外部弁護士による特別調査委員会が2019年12月に公表した報告書によれば不適切な事例が疑われる件数は過去5年間で1万2836件にも上るとみられ、また、2020年3月に公表された追加報告書によると、不正販売の疑いのある契約を受理した郵便局は総数の約14.5%に当たる2921局であったとされており、これらを受け、幹部を含む2000人超の職員が処分される事態となりました。

 この問題において、特に筆者が問題であると考えるのは、こうした不適切な契約の対象となった顧客には高齢者が多かったという点です。