「七代目会津小鉄会、金子会長と原田若頭が名古屋に挨拶に行った」

 この情報が暴力団関係者の間にめぐったのは1月27日のことだ。

一本化に向け動き出したと言われていた矢先

 会津小鉄会は六代目山口組の分裂抗争の影響を受け、神戸山口組に付いた金子利典会長、六代目山口組寄りの原田昇会長がそれぞれ七代目を名乗り、2つに分裂していた組織。

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 1月22日、滋賀県大津市に本拠地を置く淡海一家本部で三代目弘道会・竹内照明会長同席のもと、双方が顔を合わせたようだ。元の鞘に戻るため金子会長が詫びを入れたという噂とともに、一本化に向け動き出したと言われていた矢先、金子会長、原田若頭で暫定政権がまとまった。後見人は六代目山口組・高山清司若頭と目されていたが、正式に弘道会・竹内照明会長に決定したという。

指定暴力団神戸山口組の井上邦雄組長(左から4人目) ©時事通信社

「すでに八代目会津小鉄会会長は原田と内定、時期を見て代替わりになると聞いた」と山口組の事情に詳しい指定暴力団幹部はいう。山口組の分裂抗争をめぐる現状についてその見方は冷ややかだ。

「コロナ禍にかかわらず組員が増えているのは六代目山口組ぐらいだが、神戸山口組や絆會からの出戻りがほとんどだ」

盃を突き返して割って出た神戸山口組

 山口組が六代目山口組と神戸山口組に分裂したのは2015年。この分裂では、六代目山口組・司忍組長と親子盃を交わした直系組長らが、盃を突き返し組を割って出て行った。だがその神戸山口組も2017年に任侠山口組と分裂。神戸山口組ではここ数年、直参組長らの引退、組の離脱が相次ぎ弱体化している。任侠山口組は絆會へと名称を変更、山口組の看板をはずし、脱反社を目指して独自路線を進んでいる。そのような状況の中、出戻る組員が増えているという。

「山口組からすると、神戸山口側にいった者はただの処分者の集まりでしかなく、奴らをヤクザとみなしてはいない。盃を突き返した時点で、奴らはヤクザではない。この人についていくと決めたら、何があっても呑み込んで我慢するのがヤクザだ。それができずに出て行くことに大義名分はなく、ヤクザの風上にもおけない。だが“出戻りの奴ら”にはその盃がない」(同前)