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 だが北川悦吏子は、『半分、青い。』の前も後も、ほとんどノーガードとも言える率直さでツイートを続けている。このSNS時代に、わずかなスキがあれば炎上させ抗議運動を展開する膨大な匿名の大衆の前で、どうしたらあのように、まるで深夜に親友と2人きりで話す長電話のようにさらさらと裏話や本音をつぶやくことができるのかと思うほどだ。

 SNS、とりわけツイッターでの炎上はますますその苛烈さを増し、インスタグラムなどに軸足を移す俳優やクリエイターも増えている中、最も激しく攻撃を受ける1人である北川悦吏子は、今も「激戦地」にとどまり続け、時にはよせばいいのに反論さえする。 

『ウチカレ』はテレビ世代からSNS世代へのメッセージ

 北川悦吏子脚本の最新作『ウチの娘は、彼氏が出来ない‼』を見ていると、これが北川悦吏子によって書かれた、SNS世代に向けたひとつの回答、手紙ではないのかと思える時がある。物語の主人公の母、恋愛小説家のシングルマザーである水無瀬碧に、北川悦吏子の自画像を見ることは難しくないだろう。それは作者の自己投影というより、明らかにある種のセルフパロディ、自己客観化として描かれている。

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 かつて一世を風靡し、いまだ恋愛も浪費もやめることのできない恋愛小説家の母、そしてその母とは正反対の、引っ込み思案で人間に対して臆病な倹約家の娘。それはある面では、現実の北川悦吏子と実の娘、著書でもツイッターでもよく言及される「のんちゃん」の関係性を投影しているのかもしれない。

 だがもう一方でそれは、「北川悦吏子の時代」と、今ここにあるSNS時代の関係を寓話として描いた、優れた人物造形にも思える。

「ウチの娘は、彼氏が出来ない!!」オフィシャルブログより

 北川悦吏子はかつて、日本の最大メディアである民放テレビが絶頂を極めた瞬間、そのど真ん中にいた脚本家だ。NHK朝ドラの制作統括、勝田夏子による「トレンディドラマの女王と呼ばれた北川悦吏子さんにバブル期を描いてほしい」という依頼が『半分、青い。』の出発点であったように、北川悦吏子のイメージは「その時代」の記憶と深く結びついている。

 大恐慌直前、繁栄の絶頂にあったアメリカで「偉大なるギャツビー」を書き寵児となったスコット・フィッツジェラルドのように、北川悦吏子が日本の経済的頂点の光と影の目撃者であることを誰もが知っている。だからこそ、日本経済が没落し、あの時代がもう2度と戻らないことを知っているSNS世代から、北川悦吏子が描く、失敗を恐れない、明るく強気な女性像はしばしば「古い」と反発されるのかもしれない。

 ある時代を生き切り、大衆に深く記憶された作家だけが、時代遅れになることができるのだ。