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オタク描写が賛否両論の『ウチカレ』…“陽キャ”の菅野美穂、“陰キャ”の浜辺美波に託されたモノ

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2021/02/17
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『ウチカレ』の中で、北川悦吏子は水無瀬碧という成熟しない母親を通して、セルフパロディとしての自画像を描きつつ、同時に娘たちの世代、新しいSNS世代に何かを伝えようとしているように思える。

 第一話で碧の語る「恋愛って刀を持つことだと思うんです。男と女の真剣勝負。きっと人をどこまで切っていいかって恋愛で学ぶの。刀を持たねば血が出る頃合いも分からず、傷の直し方もわからない」というセリフを単語レベルでとらえ、「古臭い恋愛至上主義だ」「人を傷つけることを正当化している」と、アップデートされた価値観で吊し上げることはできるだろう。

 だがこのセリフには、「傷つくこと、傷つけること」を最大の悪とするSNS世代に対する、誠実な批評と問いかけがある。北川悦吏子はそれが自分の世代の『古い』価値観であることを承知で、ドラマの冒頭で碧にそう語らせている。これは物語の結論ではなく、次の世代の価値観との対話を始める議題提起のセリフなのだ。

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 浜辺美波が演じる娘の空のオタク描写の細部に、あれこれと突っ込むことももちろん可能だ。だが「金八先生」の中学生たちが当時のリアルだったかということとは別に、小山内美江子の脚本が次の世代に伝えようとしたメッセージを読み取ることはできる。あの北川悦吏子にも、次の世代に自分の世代からのメッセージを語り残す時期がやってきたのだ。

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宮藤官九郎が捧げる『ビューティフルライフ』へのオマージュ

『ウチカレ』と同クールに放送されている宮藤官九郎脚本のドラマ『俺の家の話』では、母と娘を描く『ウチカレ』とは対照的に、車椅子で介護を受ける父と息子の物語が描かれる。

 その第4話では、戸田恵梨香演じるヘルパーのさくらが、西田敏行演じる要介護老人観山寿三郎が動かす電動車椅子に背後から乗り、スケボーのように滑走するシーンが描かれた。

 登場人物のセリフからも、それが北川悦吏子の代表作『ビューティフルライフ』へのオマージュであることが視聴者にハッキリと示され、北川悦吏子もツイッター上で「これ、めっちゃ怒られるよ。実際やると。北川さん、どうにか撮りましたけど、一回だけにしてくださいね、って当時言われた記憶があります」と答えた。車椅子で遊ぶのはいうまでもなく、コンプライアンス上きわめて不適切な表現だからだ。

 だがSNS上で「価値観のアップデートされた、良い脚本家」として評される宮藤官九郎がオマージュを捧げたのは、『ビューティフルライフ』の最も不適切な、危うい部分であったことも事実だ。

 碧を演じた菅野美穂が連続ドラマに出演するのは、(『シャーロック』の第2話ゲストをのぞけば)宮藤官九郎脚本の2017年『監獄のお姫さま』以来のことになる。

 変わらぬ圧倒的演技力をもちながら、就学前の子供を2人かかえる菅野美穂が、岡田惠和の『ひよっこ』や宮藤官九郎の『監獄のお姫さま』など厳選された作品に出演を絞る中、北川悦吏子の『ウチカレ』で連続ドラマ主演という大きな負担を抱えることを決意したのは、出るに値する脚本、語るべき物語だと感じたからなのだろう。