藤井聡太二冠(18)が、名古屋大学教育学部附属高校を1月末で退学していたことを日本将棋連盟が明らかにし、大きな反響を呼んでいる。藤井二冠は連盟を通して「タイトルを獲得できたことで将棋に専念したい気持ちが強くなりました。秋に意思を固め、数回学校と話し合いをした上、退学届を提出いたしました」とコメントした。
史上最年少の14歳2ヶ月でプロ入りするやいなや、数々の新記録を打ち立て、2020年は最年少での二冠(棋聖、王位)を達成。その快進撃は止まらない。
同じく中学生でデビューし、21歳2ヶ月にして最年少名人の座を手に入れた谷川浩司九段もまた、若いうちからその絶対的な強さで一時代を築き上げてきた。「神の子」とも称される藤井二冠の躍進を、「光速の寄せ」谷川九段はどう見てきたのか。「文藝春秋」2021年1月号掲載の谷川氏の手記の一部を特別に公開する。
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盤に覆いかぶさって泣きじゃくっている姿
私が初めて藤井君に会ったとき、印象的だったのは、盤に覆いかぶさって泣きじゃくっている姿です。2010年、彼が小学2年生の時に名古屋で行われた将棋イベントでの指導対局中のこと。私の玉が藤井陣に入り込み、彼が劣勢になったところで引き分けを提案すると、まだ8歳の少年が悔しさに号泣したのです。大泣きし、手に負えなくなったのをよく覚えています。
棋士というのは誰でも負けず嫌いなものですが、彼はとりわけ、誰にも負けたくない、そのためにとにかく強くなりたいという気持ちが非常に強い。インタビューでもタイトルを獲りたいというような具体的な話はあまりしません。将棋が奥深く難しいことをあの若さでわかった上で、将棋を極めるというところに近づこうとしているのだと思います。
特に棋聖戦での一手には驚かされました。渡辺明棋聖に2勝1敗で迎えた第4局。優勢になって勝ち方がいくつかありそうな局面で、一見一番危なそうな、読みに間違いがあれば自分の玉が詰むかもしれないという手で勝ったのです。あと1勝で棋聖というところでもう少し安全な一手を選ぶかと思ったのですが、あの局面からは、彼にとってはタイトルよりも、純粋に強くなることの方が大切なのだということがひしひしと伝わってきました。