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「子どもも欲しい。親子で『バカ殿様』をやるのが夢なんだ」志村けんが愛弟子に語っていた結婚観

先行公開『我が師・志村けん 僕が「笑いの王様」から学んだこと』#3

「おもしろビデオコーナー」という発明

 流行を常にチェックしていたという話で言うと、『加トちゃんケンちゃん ごきげんテレビ』には「おもしろビデオコーナー」という人気企画がありました。視聴者が撮った面白映像を紹介して、スタジオの志村さんや加藤茶さん、ゲストのみなさんがいろいろコメントする――という今では当たり前になっているテレビ企画ですが、何を隠そうこれを発明したのは志村さんです。

 当時はまだ、ビデオカメラを持っている人はほとんどいませんでした。そこで志村さんが考えたのが「番組から視聴者にビデオカメラを貸し出して、いろいろなものを撮ってもらう」というアイデアです。

 前にも書いたとおり、『加トちゃんケンちゃん』は『全員集合』が終わった約半年後にスタートした番組です。加藤さんと2人で番組をやることが決まったとき、志村さんは悩んだそうです。一番気にしたのは、

「パワーダウンしたと思われたくない」

 ということだったそうです。ならば、どうすればパワーダウンしていないように見えるか。いろいろ考えていく中で、志村さんはその頃ちょっと流行り始めていたビデオカメラに目をつけたのです。もちろんこれは先見の明のすごさですが、流行に敏感でなければ思いつかなかったアイデアだとも思います。

志村けんさん ©️文藝春秋

「俺は結婚したいし、子どもも欲しい」

 どんなに飲んで帰っても、必ず1本は映画を見る。音楽もたくさん聴く。毎朝ニュースをしっかり見て、新聞も隅々まで読む。なおかつ、毎週水曜日のネタ会議に向けて、コントのネタを全身全霊で考える。

 そんな毎日を送っていた志村さんにとって、女性との恋愛はどのようなものだったのでしょうか。

「志村さんって、結婚はしたくない人だったんでしょ?」

 今でもそう聞かれることがよくありますが、そんなことはありません。

「俺は結婚したいし、子どもも欲しい。親子で『バカ殿様』をやるのが夢なんだ」

 よくそう言っていたのです。ただ、志村さんが望んでいた結婚生活はちょっと特殊でした。

 寝室は夫婦別々。自分の寝室のドアには信号機をつけて、

「今日は一緒に寝たいと思ったときは青」

「1人で寝たいときは赤」

 という別居結婚が理想だと、いつも言っていたのです。