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“キツネのせいだ”と考える住民も

 友人たちで山へ入り、沢の堰堤(ダムより小さい堤防)で釣りをはじめた時のこと。皆が気持ちよく釣り糸を垂れてのんびりしていると、急に、空気が変わった。日が陰ったわけでも、森から冷気が吹き出たわけでもなかった。皆がゾクゾクする感覚に捕らわれ、そして川の向こうに現れたのが女だった。大きく目を見開き、口を開け、頭を振りながらあえぐように向かってきた。皆が一斉に声を上げて逃げ出した。(「鷹匠の体験 その三」より)

山怪 参 死者の微笑み」(リイド社)より

 山間部の小さな集落では飲み屋がなく、男たちは、各家を回りながらハシゴ酒をする。

 ある時、酒を飲んだ男が行方不明になり、皆が大騒ぎして捜すと、集落外れの溜め池に落ちていたことがあった。幸い、男は生きていたが、引き上げた住民たちは男の顔を見て驚いた。口紅を塗られ、口元が真っ赤に染まっていたからだ。

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 また、ある女は、真夜中に話し声が聞こえて起きた。泥酔した夫が帰宅し、また飲みに行くのかと思って見に行ったが、夫の姿は無かった。夫の履き物はそのままだったが、玄関脇の花壇の花がほとんど根っこから引き抜かれていた。

 夫は朝になっても帰らなかった。集落中が大騒ぎして捜すと、代掻き(しろかき=田植え前の水入れ)した自分の田んぼの中でうつぶせになり、亡くなっていた。寝間着のまま、素足で、その手には花壇の花がぎっしりと握られていた。

山怪 参 死者の微笑み」(リイド社)より

 泥酔すれば信じがたい行動に出ることもあるが、“キツネのせいだ”と考える住民もいる。(「迎えに来る者」より)

自殺したはずの人の死体が消えていた

 山の奥では人が消えることもある。

 1300年代の南北朝時代、後醍醐天皇が南朝を開いたときから、奈良県の吉野町は狩猟が盛んな地でもあった。

 猟師がある時、犬を連れて仲間と巻き狩りに出ると、しばらくして人影が見えた。嫌な感じがして、数メートルまで近づいて足が止まった。山の斜面に、座り込んだまま動かない人の姿だった。

山怪 参 死者の微笑み」(リイド社)より

 自殺だと判断して山を降り、警察官や仲間と共に再び山へ入ったが、死体は消えていた。あれだけ近づいて見間違えるはずはなかった。違法な罠を仕掛けて隠れていた人の可能性はある。しかしそうであれば痕跡は必ず残るが、何も無かった。(「奈良県山中・吉野町」より)