昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2021/02/24

source : 文藝春秋 digital

genre : ニュース, 社会

みなを「ホーム」に閉じ込めてもコロナは消えない

「長期ヴィジョンがない罰則強化の導入は、『罰則強化をやれば目の前の数字が下がる、数字が下がればコロナについて考えなくてすむ』という思考停止に戻ることでしかありません」(「『自由』を制限してもウイルスは消えない」より)

「新型コロナ禍で明らかになったのは、今の日本社会には長期的に考えることが欠如しているという現実です。短期的に感染者数を抑えることだけに捉われてしまっている。私権を制限し、みなを『ホーム』に閉じ込めても、それだけではコロナは消えません。むしろ格差が広がるだけです」(同)

 振り返れば、この1年間、メディア上の議論の主役は常に「感染者数」にあった。感染者数が増えればこぞって「このままいけば医療が崩壊する」と社会に訴え、メディアもそれに乗っかり、「国民がメッセージを誤解して夜の会食を注意したら、昼から飲みに行っている」などと社会の同調圧力を高め、行動変容を説いて回るような記事を出している。

 

 こうした記事を読むたびに、今、ここで考えないといけないのは、一体なんのための緊急事態宣言だったのか、というそもそもの問いではないのか、と私は考え込んでしまう。東さんは「ステイホーム」が格差を拡大させるのではないかという問題を記事の中で提起しているが、知識人までインターネット上で、感染者数に一喜一憂するだけで、長期的に緊急事態宣言の弊害を捉えようとしていない。「ホーム」にいない人々を攻撃するような凡庸な発言もあいかわらず目立っている。

日々忘れないようにしたい警句

 これも当たり前のことだが、パンデミックはやがて終わる。そして、多くの人々は辛い経験をしたとしても、それ以後の日常を生きていかねばならない。例えば2011年3月11日以後と同じように、である。だからこそ、この警句を日々忘れないようにしたいと思う。

「パンデミックが終わった後に、大切なものを失ったと気づいたとしても、取り戻すことはできないのです」(同)

この記事の写真(4枚)

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文藝春秋をフォロー