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中朝国境・丹東の“北朝鮮レストラン”で見た「北の現実」

いろんな意味で「北朝鮮に近い」町を歩きまわってみた

2017/10/06
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北朝鮮レストラン「常連客」への特別サービスとは?

 丹東といえば、北朝鮮レストランも外せない。鴨緑江沿いを中心に、10店舗近く存在する。私はそのうち6店舗を訪れた。

 世界最大の北朝鮮レストランといわれる5階建ての丹東高麗館から、タッチパネルで注文する最新式の高麗香まで、形式はさまざま。どれもだいたい入り口に北朝鮮と中国の国旗を掲げ、チマチョゴリの女性従業員が立っているので、すぐにわかる。

 北朝鮮レストランには歌謡ショーがつきものである。決められた時間に行くと、女性従業員が代わる代わるステージで歌を歌ってくれる。

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 丹東高麗飯店(さきの丹東高麗館とは別)では、従業員が、同国の女性ユニット・モランボン楽団の衣装を着て、「嬉しいです」「これ見よがしに」「社会主義前進歌」「攻撃戦だ」「中国人民志願軍戦歌」などを歌った。「これ見よがしに」「社会主義前進歌」は、振り付けまでモランボン楽団のそれとほとんど同じだった。なお、どの店でも、最後は朝鮮戦争時の中国の軍歌「中国人民志願軍戦歌」でしめられていた。

世界最大とされる丹東高麗館。ただし朝鮮語では平壌高麗館とある。同店の近くには柳京飯店、丹東高麗飯店、松涛園酒店などの北朝鮮レストランもあった。

 なかでも驚くべきは、常連客への対応だった。常連客はステージに上がり、女性従業員たちと一緒にダンスを踊ったり、手を繋いで店内を回ったりしたのである。

 丹東の北朝鮮レストランでは、常連になると、2階などにある個室に通され、女性従業員がつきっきりで話してくれたり、カラオケで歌ってくれたりする。私も試しにある店舗を2度訪れたが、やはり個室対応だった。

閉店した北朝鮮レストランも。こちらは「三千里」。

 2013年に平壌を訪問したときの写真を見せると、従業員は私の手からスマホをもぎ取り、慣れた手つきでスワイプして、次々に写真を見ていった。そして「この子は知っている」「昔、(平壌の)高麗ホテルで働いていた」などと教えてくれた。

 通えば通うほど仲良くなっていく。北朝鮮レストランも、資本主義国の夜の店と変わらない。値段も1回100元(約1700円)もあれば足りるので、ハマるひともいるのだろう。

「あなたを北朝鮮に連れていきます」

 とはいえ、やはり丹東は北朝鮮との国境地帯、それなりに物騒なところもないではない。

 鴨緑江には、各所に遊覧船の乗り場がある。中国側の船は鴨緑江を自由に航行でき、北朝鮮領にかなり近づくことができる。

丹東中心部の遊覧船にて。左が北朝鮮、右が中国。

 中朝友誼橋の近くの遊覧船が一番有名だが、このあたりは典型的な観光地なので、さほどの驚きはない。それよりも、丹東の中心部からタクシーで1時間ほど遡行してみるとよい。

 中国側には鉄条網が張り巡らされ、北朝鮮側には荒涼とした大地に監視塔らしき建物がたっているなど、雰囲気が一変する。険しい山道には人影もまばらだ。

 私の場合、もっとも奥まったところの遊覧船に乗ろうとしたが、時間が遅すぎたらしく、乗ることができなかった。

 ただ、タクシーの運転手が、「近くに個人的にボートをだしてくれるところがある」というので、ついていった。タクシーはさらに奥地に進んだ。夕闇が迫り、道路の舗装も段々と荒くなっていく。

 しばらくして、1軒の小屋の前に止まった。そこから、妙に笑顔の漁民風の男性が数名でてきた。

 運転手は「かれらと料金を交渉しろ」という。そこで、ジェスチャーや筆談で交渉を試みたが、どうもうまくいかない。仕方なく、グーグル翻訳の音声認識機能を使ってもらった。相手が、スマホに向かって話しかける。しばらくして、スマホの画面に日本語の翻訳が出力された。

「あなたを北朝鮮に連れていきます」

 北朝鮮近くまでボートで連れていくという意味なのだろうが、思わず噴き出してしまった。ただ、ここには助けてくれるひともいない。ややゾッともした。

 その後も「あなたを北朝鮮に何度も連れ去ります」などきわどい翻訳がつづき、料金も安くなかったので(900元=約15000円)、結局断念して、もっと中心部に近い遊覧船を紹介してもらった。

 そこでは、韓国人の高校生の団体が乗り合わせ、北朝鮮に向かって「アンニョンハセヨ~」と呼びかけたり、「金正日!」と叫んだり、嘲笑気味に「チョソンミンジュジュイインミンコンファグッ(朝鮮民主主義人民共和国)」と言い合ったりと、また別の意味でヒヤヒヤさせられたのだが、幸いなにごともなく無事に帰ってこられた。

夕闇迫る北朝鮮領。かなり不気味。ただし、韓国の高校生はお構いなしに騒いでいた。