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2021/03/14

若手とキャリアを積んだミドル・シニアのはざまで…

由香 今の大手金融では、若い世代か、順調にキャリアを積んできたミドル・シニアにしか日が当たらなくて。その谷間にいる私のような40代後半、一般職にはなんのチャンスもない。ただ時間をお金に換えているだけの毎日です。会社の中での立ち位置が末端過ぎて、どこに存在価値を見いだせばいいのか……。

紫乃ママ 由香さんは新卒からずっと金融畑なの?

由香 いいえ、全然。私が卒業した時は就職氷河期で、最初に入ったのは小さな商社でした。ワンマン社長のブラック企業で雇用保険もないレベル。勉強を頑張ってなんとかW大に入ったのに文学部卒ではキャリア職も狭き門で、スタートでつまずいた感はありましたね。

昼からビールを飲んで紫乃ママに人生相談 

紫乃ママ うんうん、そういう時代だった。生まれた年がちょっと違うだけで社会人スタートの天国と地獄が分かれるってほんとに理不尽よね。

由香 ブラック企業で体調を崩して27歳で結婚して会社を辞めたんです。この苦境から救ってくれるなら、結婚相手は誰でもいいって感じでしたね。

紫乃ママ そう思ってすぐ結婚できるなんてすごいじゃない。結婚なんてセーフティーネットの1つだもの。よかったよかった。

由香 それが……私の母がいわゆる毒親で。結婚後もいろいろ介入してきて、夫が子会社に転属させられたら夫へのダメ出しが激しくなり、関係がギクシャクしてしまったんです。夫と親の板挟みになって、結局32歳で離婚しました。

紫乃ママ あらら。その時、仕事はどうしていたの?

居心地のいい店内 

由香 子どももいなかったので結婚2年目からは派遣社員として働いていました。でも、派遣の収入だけでは苦しくて実家に出戻ったんです。そしたら今度は母から「出戻りなんて近所に恥ずかしい」と攻撃されて。

紫乃ママ 離婚原因の1つも、もとはといえばお母さんにあるのにね。離婚が恥ずかしいなんて、時代錯誤も甚だしい。恥ずかしくて悪かったですね、とバツ2の紫乃ママは小さく叫びたいわ、まじで。

由香 そして今度は、山ほど見合い話を持ってこられて。最初は我慢していたんですけど、私の中で何かがプチンとキレたんです。36歳の時、実家を飛び出してギリギリの家賃で1人暮らしを始めました。もうこの親に関わっていたら「一生自分の人生を生きられない」と思って。ところが家を出て半年後にリーマン・ショックで派遣切りに。同じ会社で3年も働いていたので、そんなに急に切られるとは思ってなかったんですけど。

紫乃ママ うわ、一難去ってまた一難。それでそれで?