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「おいしい思いしてズルい」と思わせない

『恋つづ』のクライマックス、第9話において、事故で意識を失ってしまった佐倉七瀬に向かい魔王・天堂はベッドの脇で「いつまで寝てんだ、バーカ。早く起きろ、この厄介岩石」と呼びかける。その声に反応するかのように、三日間眠り続けた七瀬の指が動き、意識を取り戻す。

『恋つづ』の物語の巧みさは、ラブコメの王道的恋愛をメインに見せながら、その背景に主人公七瀬が様々な患者たちを懸命にケアする医療介護ドラマ、職業ドラマを配置している点である。

 実はこの病室の告白シーンの前、事故現場でも七瀬は自分と天堂のことより怪我人たちの救護を優先して倒れ、意識を取り戻した跡も、天堂への言葉よりまず、事故にあった子供たちや、癌患者の菅原さんの安否を気遣う。「よかった。先生、おひさしぶりです」と七瀬が天堂に三日振りに微笑むのは、彼ら弱者の無事を確認したあとのことである。

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『恋づつ』の特徴はこの倫理観、一方で夢のように甘い恋愛を描きつつ、もう一方で恋愛を超える価値、生命や身体を守る倫理を繰り返し描いている点だ。「大丈夫、(天堂が亡くした昔の恋人のように)私はいなくなったりしません、だからみんなを助けましょう」と力強く言い切る七瀬に、天堂は「お前を信じる」と答える。一見恋愛至上主義に見えるこの物語は、恋愛が育つための土台、信頼と倫理の物語なのだ。

©️深野未季/文藝春秋

 意識を取り戻した七瀬に対し、天堂は「何事にも一生懸命な所が、どんなに怒られてもめげない所が、患者さんのことをよく見ている所が、人を信じすぎる所が、ご両親に愛されて育った所が、自分で色気がないと思っている所が、酔っ払うと変な歌を歌って、ソフトクリームをうまく食べられなくて、家事がまったくできなくて、すぐに寝落ちして、笑った顔が、誰よりも可愛い」と今まで決して口にしなかった七瀬の美点を数え上げる。

 佐藤健の名演もさることながら、この名場面で視聴者に「ああそうだな、この子は本当にいい子だ」とこれまでの七瀬を思い返させるのは、そこまでの上白石萌音の演技、役者の資質だと思う。セクシャルな魅力に満ちたドラマの中で、そこに飲まれないモラリスティックなヒロイン像を演じる上白石萌音の演技は、視聴者に確かな信頼感と倫理感を感じさせる。「おいしい思いしてズルい」と思わせない、応援したくなる女優なのだ。