依存症の反対語
この実験で何がわかったか。モルヒネはそれ自体で強力な依存性を持つ薬物であるが、ラットが依存症になってしまうのは、薬物単独の作用だけではなく、そこに孤独や退屈などという環境的要因が加わっていたということだ。
ラットでの実験結果をそのまま人間にもあてはめるのは乱暴であるが、やはり示唆に富む結果であると言える。人間の場合でも、周りの人とのつながりを持ち、自分自身や社会にとって意味のある活動をしている人は、そもそも薬物の誘惑の入り込む余地はないだろうし、万一誘惑があっても、そもそも見向きもしないだろう。
つまり、「依存症(アディクション)」の反対語は、「断薬」でも「強い意志」でもなく、「つながり(コネクション)」だということである。
ベトナム戦争の帰還兵の例に戻ると、彼らは戦場での極限状態からヘロインに手を出したのであるが、帰国するとそこには温かい家庭や友人とのつながり、そして何より平和な日常が待っていた。もはやヘロインの入り込む隙がなかったのである。
薬物依存症の保護要因
アメリカの社会学者ハーシは、「犯罪者がなぜ犯罪に至るのか」ではなく、「われわれのほとんどはなぜ犯罪をしないのか」という問いへの答えを探究した。その結果、彼は人々を犯罪から遠ざける四つの社会的絆を導き出した。
それは、(1)愛着、(2)忙殺、(3)投資、(4)信念である。順に簡単に説明すると、最初の愛着であるが、人間関係や帰属先(学校、会社など)に対する愛着がある人は、その絆が歯止めとなるし、絆が絶たれることを恐れて犯罪をしない。
(2)と(3)は相互に関連する。仕事や勉強など、何かに忙殺されている人は、そもそも犯罪をするような時間的余裕はないし、何かの活動に自分の資源(時間、エネルギー、金銭など)を投資している人は、犯罪のような不合理なことはしない。そして最後に「私は犯罪などはしない。法や規範をきちんと守る」という信念がある人は、その信念のとおり行動し、実際に犯罪などしない。
これらはそのまま違法薬物使用にもあてはまる。また、ラットパークの実験とも重なるところが大きい。大事な家族や仕事があり、毎日仕事や有意義な活動に忙しく、それらに対して、あるいは自分の将来設計や夢に投資している人や、「私は薬物など使わない」という信念を有している人は、違法薬物などには手を出さない。
薬物は、これら「社会的絆」を阻害するものであり、相容れないものだからだ。