薬物を使うと誰でも依存症になるか
ベトナム戦争の戦場でヘロインに溺れていた兵士も、帰国すると元の平和な生活に戻り、その多くは依存症にはならなかった。ラットパークのラットも同様である。
違法薬物には、強力な依存性や毒性があることは間違いない。そして、その依存性のせいで依存症になることも事実である。しかし、原因はそれだけではないことをこれまで説明してきた。不幸な生い立ちも原因の一つであるが、それだけではない。愛着や信念などの社会的絆が欠如していることも大きな原因である。遅延価値割引のような認知のゆがみも重要である。こうした複数の原因の相互作用によって、薬物依存症は発展する。
ここでこれまであまり表立っては語られてこなかった「不都合な真実」を紹介しよう。これまで、覚醒剤のような強力な依存性のある薬物は、一度使ったら最後、みな依存症になるかのように言われてきた。
しかし、それは真実ではない。「違法薬物を使うと誰でも依存症になる」わけではないことは、この章ですでに説明してきたとおりであるし、事実研究データを見ると、覚醒剤使用者のうち、覚醒剤依存症になるのは20%程度であることがわかっている。ヘロインだと35%程度、アルコールはわずか4%程度である。そして、最も確率が高いのはタバコで、80%以上が依存症になるとされている。
酒を飲んでも、ほとんどの人は、アルコール依存症になるわけではないことは周知の事実である。
「ダメ。ゼッタイ。」
それでは、なぜ覚醒剤は一度でも手を出すと依存症になると皆思い込んでいるのだろうか。それは、おそらくは薬物防止キャンペーンなどの影響であろう。古くは「覚醒剤やめますか、それとも人間やめますか」、最近では「ダメ。ゼッタイ。」に象徴されるスローガンを聞いたことがない人はいないだろう。
こうしたキャンペーンによって、人々は実際以上に、薬物に対する恐怖感を植えつけられてきたと言ってよい。それには、功罪二つの側面がある。
功としては、日本人は総じて違法薬物への嫌悪感や恐怖感が強く、拒否意識が強い。このような認識を強く持つに至った原因の一つとして、これらのキャンペーンの影響が考えられる。そのため、世界でも違法薬物使用人口が飛びぬけて少ない。これは、世界に誇れる日本の素晴らしさであると言ってよいだろう。一方、大きな罪もある。それは、薬物に対する恐怖心や嫌悪感が、薬物だけでなく、薬物使用者に対しても向けられるということだ。昨今の芸能人の薬物問題の報道とそれに対する人々の反応を見ればわかるように、薬物使用者には激しいバッシングが浴びせられる。