PCRという言葉が連日聞かれるようになってから1年が経つ。しかし、いったいどれだけの人が「PCRとは何か」を説明できるだろうか。福岡ハカセこと生物学者の福岡伸一氏は、PCRの黎明期にその威力を目のあたりにしたという。週刊文春の人気連載「福岡ハカセのパンタレイパングロス」をまとめた新刊『迷走生活の方法』から、ハカセが初めてPCRを目にした時のエピソードを紹介する。(全2回の1回目。後編を読む)

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1980年代半ばにはPCRの威力を目の当たりに

 みなさん、PCRという言葉、急に聞くようになりましたよね。大臣からテレビコメンテーターまで、こぞって訳知り顔で、PCR、PCRと叫んでいる。PCR、すなわちポリメラーゼ連鎖反応(チエインリアクシヨン)。新型コロナウイルスの検査方法である。でも、ほんとのところ、どれくらいの人がPCRの実際を知っていることだろう。

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 自慢ではないが、福岡ハカセは、もっとも早い時期にPCRの威力を目の当たりにした研究世代だと思う。それは1980年代半ばのこと。当時、ハカセは、ニューヨークのロックフェラー大学の古びた実験室で研究修業していた。そんなある日、研究集会から戻ってきた教授が勢いこんで部屋に入ってきた。

「シンイチ、これからの時代は、PCRだ!」

 DNAの研究をするためには、研究対象となる遺伝暗号を含むDNAをたくさん必要とする。それまでDNAを増やすには、大腸菌にDNA断片を組み込んで、細胞分裂に便乗して増やしていた。それが、試験管内でごく簡単にDNAを無限に増やす方法が発明されたのだという。そんなアホな!? でも話を聞くと確かにそれは合理的。DNAは2重らせん構造をしている。2重らせんをほどくには100度の熱をかければよい(これくらいの熱ではDNA自体は壊れず、らせんだけがほどける)。ほどいた1本のDNAを鋳型にして、そのDNAと相方になるDNAを、ポリメラーゼという酵素で合成する。この酵素は大腸菌の細胞にもヒトの細胞にも存在するし、精製品が市販されている。ポリメラーゼが反応を開始するためには、合成の開始点を指定するプライマーという短い合成DNAを使えばよい。プライマーを呼び水として、DNAが合成され、もとと同じ2重らせんとなる。