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「ハカセは自分でも気づかないうちに泣いていた」 1980年代半ばに福岡伸一氏が目の当たりにした“PCR”の威力

『迷走生活の方法』より#1

2021/03/13

source : 週刊文春出版部

genre : ライフ, 読書, 医療, 社会, 国際

note

100度に加熱したらポリメラーゼは死んでしまうけれど

 さて、先程、熱でほどいたもう1本のDNAがある。こちらのDNAに対しても、別の開始点からプライマーを使ってポリメラーゼで、相方のDNAを合成する。するとこちらも、もとと同じ2重らせんとなる。これでDNAは2倍に増えた。

 さて、このDNAにまた熱を加える。すると2つの2重らせんDNAはそれぞれほどけて、4本の1本鎖DNAとなる。それぞれプライマーから相方DNAがポリメラーゼで合成されると、今度はDNAはまた2倍になる(最初からだと4倍)。これをサイクルで繰り返せば、DNAは、2倍、4倍、8倍、16倍と増えていく。ちょ、ちょっと待って。100度に加熱したら、DNAはほどけるだけだけど、ポリメラーゼはタンパク質だから熱で死んでしまうだろう。いや、違うんだ。やつら(PCRを開発したバイオベンチャー)は、なんと熱水鉱床に生息している菌から耐熱性のポリメラーゼを取り出して、もう特許を取っているんだ。な、なんと。

©iStock.com

自分でも気づかないうちに泣いていた

 それでも私はまだ信じられなかった。当時、分子生物学はまさに勃興期で、次々と新しい技術が発明されていた。でもその大半は、理論的にはすばらしいが、実際にやってみると思ったほどはうまくいかないことばかりだった。自然はそんな簡単じゃないよ。

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 それでも、ものは試し。小さなプラスチックの試験管に、DNA、2種のプライマー、耐熱性ポリメラーゼ、たったこの3つの要素だけを入れ、加熱、反応、加熱、反応、加熱、反応、を繰り返した。DNAは目では見えない。ゲル電気泳動という方法で初めて可視化できる。ハカセは反応液をゲル電気泳動して結果を見るために暗室に入ってDNAの発光を調べてみた。

 ゲルの中にDNAのバンドが光り輝いていた。手が震えた。信じられない。100万倍以上に増えている。こんなことってあるのか。ハカセは自分でも気づかないうちに泣いていた。しかしこの威力が逆に仇にもなることに、その時はまだ気づかなかった。

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迷走生活の方法

福岡 伸一

文藝春秋

2021年3月11日 発売

「ハカセは自分でも気づかないうちに泣いていた」 1980年代半ばに福岡伸一氏が目の当たりにした“PCR”の威力

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