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罪を犯した疑いのある者の権利さえも守られるのが法治国家

「GPSを勝手に車につけられた」と黒田から聞けば、勝手に自分の車につけられる事態を想像する。自分が知らない間に、警察によって自分の行動が洗いざらい把握されるかもしれない。黒田の権利が侵害される事態は、いつか自分たちの権利が侵害される前触れかもしれないのだ。

「黒田は悪質な窃盗犯だ。悪い奴なんだから、警察から勝手にGPSをつけられて行動を確認されたって文句を言えるような人間ではない」

 そのように考えるのは簡単だ。だが、結局、令状を取得せずに行ったGPS捜査は、黒田のような被疑者や被告人だけの問題ではなく、自分たち国民の問題でもあるのだ。「罪を犯すヤツの権利など守らなくていい」という考え方は、いずれ、罪を犯していない人間の権利さえも守られない社会を受け入れることになる。

 それを法治国家と呼べるか。

 罪を犯した疑いのある者の権利さえも守られる。それが、法治国家ではないか──亀石はそう思うのだ。

犯罪のきっかけは誰にでも起こりうるようなこと

 これらの理屈は、刑事事件とは無縁の市井の人々には理解しにくいかもしれない。実際は、被疑者・被告人の立場に立ってみなければ、なかなか現実味が湧かないだろう。

 多くの人々は、自分は犯罪とは無関係であり、生涯罪を犯すことなどないと思っている。だが、これまで250件以上の刑事弁護を経験し、あらゆる犯罪の被疑者・被告人に話を聞いている亀石からすれば、自分が犯罪者にならない可能性がゼロだとは到底思えない。

©iStock.com

 なぜなら犯罪のきっかけは、誰にでも起こりうるようなことだからだ。

 たとえば、ある40代後半の女性は精神的な病によって職を失い、あまりにも金がなくて老女の買い物袋をひったくった。ある20代の女性は、食べては吐くという過度なダイエットが原因で摂食障害になり、食料を盗むようになった。ある80代の男性は、一人で認知症の妻を介護するなかで将来を悲観するようになり、無理心中を図った。ある30代の女性は、孤独な育児で産後うつになり、わが子に障碍を負わせてしまった。

 自分が「そちら側」に行くはずがないとは、絶対に言い切れない。彼らが自分かもしれないという危機感は、心のどこかにいつもある。

 だからこそ、亀石は刑事弁護人として被疑者・被告人の弁護を続けている。

刑事弁護人 (講談社現代新書)

亀石倫子 ,新田匡央

講談社

2019年6月19日 発売

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