地場産業「ひんぎゃの塩」工場へ
最初に訪れたのは、丸山の麓で盛んに蒸気を噴き出す「ひんぎゃ」の斜面です。ひんぎゃとは、先に記した地熱による蒸気の噴気孔のことで、「火の際」にちなんだ言葉といわれています。ひんぎゃのそばには、蒸気の熱を利用できる地熱釜が設けられ、そこでは地元の人たちに交じって、観光客が卵を茹でて食べる体験ができます。
すぐそばに青ヶ島名物「ひんぎゃの塩」の製塩工場があります。ここで製塩職人を務めている山田アリサさんは、生まれも育ちも青ヶ島。若いころは芝居に憧れ、東京へ出て「こまつ座」で頑張っていましたが、母親の体調不良をきっかけに、島へ戻ってきたといいます。その時に地場産業である製塩工場の経営にかかわることを決め、ずっとこの仕事に専念しています。
「ひんぎゃの塩」は海水を塩釜に注ぎ、ひんぎゃの蒸気を使いながら、時間をかけて水分を蒸発させて作ります。工場内は温度が50度を超えるというサウナ状態で、20分ほどいただけで息苦しくなるそうです。現場を案内してもらった私は、5分が限界でした。
自然の蒸気で作られるこの塩は、大粒で甘みがあることが特徴です。つまんでなめてみると、まろやかな中に引きしまった辛さを感じます。山田さんが作る塩は、さまざまな苦労を経て、今では東京のグルメレストランでも重用される評判の品になりました。
もう一つの地場産業…原生林と焼酎の意外な関係
ひんぎゃがある丘の麓の「池之沢」という地区には原生林が広がっています。ここでは、山田さんと同じく、青ヶ島で生まれ育った荒井智史さんという青年が、ガイドを務めてくれました。荒井さんは実家である自動車整備工場の仕事と、島の自然ガイドという二足のわらじをはきながら、島の郷土芸能である「青ヶ島還住太鼓」の活動にも力を入れています。
彼が道案内をしてくれた池之沢の森は、見たことのない種類の木が頭上で枝を差し交わしていて、さすが熱帯のジャングルでした。森の中で荒井さんが特に丁寧に説明してくれたのは、幅広で長い葉っぱを持つ「オオタニワタリ」という植物でした。南方系のシダの一種で「谷を渡る」を語源としているそうです。
この植物は見た目の面白さだけでなく、塩とともに、もう一つの大切な地場産業である焼酎造りで、貴重な役割を担っています。池之沢の後に見学に訪れた焼酎工場で、私はそのことを教えてもらいました。
焼酎といえば南九州がまず有名ですが、もとより日本全国で造られているものであり、日本酒に対して、より「大衆的な酒」ともいえます。焼酎造りは壱岐や沖縄など島に目立ちます。もちろん米焼酎もありますが、多くの島は土壌が貧弱で、また気候にも恵まれず、米より芋や麦を育てやすかったことが理由の一つに考えられます。
さらに私が考えるもう一つの理由は、「海の人の酒好き」です。スコットランドの漁村から、マルセイユのような地中海の港街まで、海辺の人たちの酒好きは定説です。