湖に浮かぶ大きな建物。そこでは使命を終えた発電所が水没し、半分以上が湖面の下に眠っている。広大な湖にコンクリートの遺構がポツンとたたずむ姿は、不思議な光景であると同時に、とても幻想的でもある。

 2018年6月、その湖にあるレンタルボート屋さんから、突然電話がかかってきた。発電所跡が立入禁止になった――以前、現地を訪れていた私に、親切にもそのことを知らせてくれる電話だった。

奈良県の山間部にひっそりと佇む“湖上の廃墟”(※現在は立入禁止)

 私が奈良県吉野郡下北山村にあるその湖を訪れたのは前年(2017年)のこと。目的はもちろん、“湖に浮かぶ発電所跡”をこの目でみるためだった。

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目指すは“本州最後の秘境”の隣町

 奈良県の下北山村は、“本州最後の秘境”と言われる十津川村の隣町で、駅からも高速道路からも離れているため、アクセスは少々困難だ。

 発電所跡が立入禁止になる前年の夏、私は三重県の沿岸部を車で走っていた。熊野まで南下し、山間部に入ると、クネクネ道が連続する。慎重にハンドルを切りながら進んでいくと、いよいよ目的地が近づいてきた。だが、その前にどうしても立ち寄らなければならない場所があった。レンタルボート屋だ。

ここではレンタルボートで釣りに出る人も多い

 発電所跡は湖の上にあるため、接近するにはボートが必要となる。この辺りは釣りができることでも有名で、釣り客用にレンタルボート屋が複数存在する。しかし、なかには釣り目的よりも格安でボートを貸してくれる“遺構見学プラン”を用意している店もあった。

ダム湖に沈んだ昭和の発電所

 この湖はダム湖で、レンタルボート屋から“遺構”までは1キロ強の距離がある。その建物はかつて水力発電所だった。正式名称を摺子発電所という。

 熊野水系北山川に建設された摺子発電所は、昭和7年に供用を開始し、最大約8000キロワットの電力を供給していた。だが、摺子発電所の上流に池原ダム、下流に七色ダムがそれぞれ昭和40年までに完成。両ダム間で揚水発電を行い、最大約35万キロワットの電力を供給するようになると、摺子発電所は役目を奪われる形になった。

道路から見た摺子発電所跡

 約30年に渡る使命を終えた摺子発電所は、七色ダムによって建物の半分以上が水没。今となっては廃墟然とした状態を晒している。