聞いていた幾つかの手順を試すも、やはりエンジンはかからなかった。このまま流されてしまったら、探索どころではない……。そこから覚えている限りの対処法を何度も、何度も繰り返すと、ようやくエンジンが復活した。
こうした探索にトラブルはつきものだが、この時ばかりは本気で焦った。ボートのエンジンが動かなくなることの恐ろしさを、初回にして、身をもって経験することになってしまった。そこでようやく、出発前にエンジン停止時の対応について繰り返し説明を受けた意味を理解した。よくあること……なのだろう。
内部に広がる“神秘的な光景”
気を取り直してボートを操り、発電所内部へと入った。ボートで建物内に入るというのも、なんだか不思議な感覚だ。コンクリートの柱が水面から建ち並ぶ、まるで神殿のような美しさに息をのんだ。日常では絶対に見ることができない光景だ。
ボートで一旦建物の外に出ると、適当な場所に係留し、気をつけながら内部を歩いて見学してみた。下階に続いていたであろう階段を見つけたが、その先は水没し、エメラルドグリーンの水面が全てを飲み込んでいる。階段の先の水深は、数十メートルに及ぶはずだ。神秘的な光景ではあるが、少し怖くもあった。
ヘドロが堆積し、沼のようになっている場所もあり、その先には、上に続く階段があった。階段を上ると、発電所の最上部に達する。そこからは、水没した神殿内部を上から見下ろしているような、絶景が広がっていた。
遺構は釣りスポットになっていた
すると建物の中に、釣り人がボートで入ってきた。ここはいい釣り場になっているらしく、その後も釣り人の姿をよく見かけた。水没した発電所の遺構が、漁礁として機能しているのかもしれない。
そもそも発電所は、文明の証ともいえる灯りをともすための電力を生み出す場所だ。その発電所が廃墟と化している姿は、栄枯盛衰であったり、打ち捨てられた老兵のような物悲しさを感じさせる。廃墟の魅力というのは、派手な外観や幻想的な雰囲気だけではなく、そうした儚さを感じられるところにあると私は思っている。