2008年に起きた江東区マンション女性バラバラ殺人事件。2009年1月に開かれた公判では当時スタート直前だった「裁判員制度」を見据え、「目で見てわかりやすい審理」が行われた結果、法廷は異様な空気につつまれていた。

 公判廷の傍聴席にいたジャーナリスト・青沼陽一郎氏の著書『私が見た21の死刑判決』(文春新書)から一部を抜粋して紹介する。(全2回中の1回目。後編を読む)

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 公判中のこと。検察官の尋問が終了したのをうけて、裁判官が被告人に直接質問をする。その時、裁判長がこう切り出したのだ。

「あなたは、自殺をしようとして『完全自殺マニュアル』という本を読んだことがある、と言っていましたね」

 確かに星島は、被告人質問の中で、犯行より以前に自殺しようと企図したことを語っていた。そのためのマニュアル本を購読していたのだった。

「何度も読んでいます。首吊りが一番楽な方法であることも知っています」

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 そう答える被告人に、裁判長は言った。

「では、どうして自殺を踏み止まったの?」

 ちょっと戸惑いながら答える被告人。

「する勇気がなかっただけです。……また、生きていれば、何かいいこともあるだろうと思って」

「いつ頃からですか。自殺を考えたのは」

「昔からです」

「10年前?   5年前?   3年前とか」

「もっと前だと思います」

 そこで、裁判長の口をついた一言。

「その時に、自分から病院へいって診てもらおうとは思わなかったのですか?」

 さすがにさっきまで下を向いていた被告人のほうがきょとんとして、ちょっと間をおいてからこう聞き返した。

「精神科に、ということですか?」

「そうです」

「ないです」

「病院へいこうとは思いつかなかった?」

「死にたい原因もわかっています。診てもらう必要はないと思います」

 自殺者が年間3万人を数える現代日本社会。どうやら、この裁判長は自殺をしようと考えることからして“病気”だと思っているようだ。