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こんな裁判長に、市民が期待するような判決を導き出せるのか

 自殺を踏み止まったという殺人者の回答のほうが、よっぽど常識的に聞こえる。

 こんな裁判長に、市民が期待するような判決を導き出せるのか、とても心配になった。

 もし、これで検察の求刑どおりの死刑が言い渡されるようなことがあれば、それこそ画期的な死刑判決ということになる。

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 そもそも精神を病んだ人間は自分を異常とは思わない。お腹が痛くなったから内科へ、怪我をしたから外科へ、といった具合に、自殺を思いついたから心療内科へ、というわけにはいくまい。

 こうした合理的な頭脳を持ち合わせた裁判官と、死んじゃいたいくらい苦しいことがあっても、明日はいいことがあるに違いないと信じて生き抜いている市井の人間とが、いっしょになって、このような犯罪を裁く。それが裁判員制度なのだ。

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 そこに、検察による劇場型裁判の演出が加わる。それも、今回のような大型画面による視覚効果を最大限に利用して。

 そういえば、むかし──。

 改装された東京地裁第104号法廷の傍聴席に座りながら、ここで裁判を受けて死刑になった被告人のことを思い出していた。

 あれは確か、土谷正実が言ったのだった。彼が教団でサリンを作ることを決意した、その理由。