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2021/04/17

source : 文春新書

genre : ニュース, 社会, 読書

血を流さずに、美しく死ねる方法

 教団に入信してから、土谷は何かにつけて教団幹部だった村井秀夫(故人)から、やたらと中国によるチベットの虐殺の写真を見せられた、と言った。腹を切り裂かれ、頭を割られ、血を流して死んでいる、凄惨な写真を何カットも見せつけられ続けた。そして、現世における宗教弾圧の事実をインプットされながら、ある時からこんなことを言い出すようになった。

「血を流して殺されるのと、血を流さずに死んでいくのとでは、どっちが残虐だと思う?」

 それを繰り返され、宗教弾圧に立ち向かうための戦いと、それに必要な武器の製造を諭される。

 血を流さずに、美しく死ねる方法。

 そうして化学兵器の研究開発に携わっていくようになった。

 そんな土谷はサリンを作ったことで死刑になった。

 その土谷の受けた手法と同じことを、彼の裁かれていた法廷で、検察が繰り返す。

 それも、その経緯を土谷が語ったはずの同じ法廷で──。

 結果から言えば、星島貴徳は無期懲役になった。

©iStock.com

 しかし、ここに裁判員が加わっていれば、死刑になった可能性だって否定できない。

 裁判員制度による未来の裁判の側面がここにあった。

 この星島の判決を不服として──すなわち死刑を求めて──検察は控訴している。

 その東京高裁の控訴審に、星島はまるで土谷を真似たように、出廷しなかった。

 一審のあんな司法手続きに嫌気が差したのか。それとも自分の犯した罪の現実から遠ざかるように逃げているだけなのか。

 過度の視覚効果による検察側立証の圧迫で人格が破壊されたのならともかく、事件に真摯に向き合えない被告人の態度には嫌悪感を覚えるばかりだった。

 そんな空虚な東京高裁の法廷の様子をチラリと覘いてみる。

 すると、法壇の中央にいた裁判長の顔に、見覚えがあった。

 そこに座っていたのは他でもない。東京地裁にいた頃、地下鉄サリン事件の実行役だった豊田亨と廣瀬健一、それに横山真人に「死刑」を言い渡した、あの裁判長の顔だった。

私が見た21の死刑判決 (文春新書)

青沼 陽一郎

文藝春秋

2009年7月20日 発売

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