「救急車を呼ばれるくらいならひとりで産んで赤ちゃんと一緒に死にます」
電話を代わった相談窓口責任者の蓮田真琴さんは女性に救急車を呼ぶことを提案したが、女性は身元がばれることを恐れ、また、救急車の費用は自分で払わないといけないものと思い込んでいた。陣痛とひとりで産む恐怖でひどく混乱しているようだった。
「救急車を呼ばれるくらいならひとりで産んで赤ちゃんと一緒に死にます」
泣きながら口走る女性に、
「ここまで来たのだから死なずに最後まで頑張りましょう。必ず病院で出産できるようにしますから。私たちを信じてください」
と真琴さんは説得を続けた。
熊本市の一帯は盆地のため朝晩は冷え込む。夕刻、既に気温が下がっていた。万一赤ちゃんが生まれてしまったら、低体温症の危険も考えられる。母子の生命の危険を回避するために、蓮田さんが病院車で迎えに行くことを判断した。看護部のカンファレンス終了直後で、たまたま院内に残っていたシフト外の看護師と助産師が同乗した。分娩器具や保育器を積み込み、病院車が出発したとき、電話を受けてから1時間が経過していた。
女性の車の停まっている熊本市郊外のコンビニに病院車が到着したのは1時間19分後。20時55分、無事に女性を保護することができた。
遠方からの相談には「病院で産みましょう」と説得
このケースは、たまたま慈恵病院からさほど遠くない場所からのSOSだったが、遠方からの相談にはどう応じるのだろう。
「陣痛で苦しんでいる女性には救急車を呼ぶようお話しします。でも、家族や近所の人たちに気づかれたくないとためらう人は少なくありません。そのときは、安全に産みましょう、病院で産みましょうと説得します」
真琴さんはこう話した。
やり取りを続けるうちに女性が心を開いてくれたら住所を聞き、Googleマップで最も近い消防署を探し出して通報する。家族に知られたくないという女性の状況を尊重して消防署と自宅の中間地点にあるコンビニを指定して搬送を依頼することもある。
関東のある消防署に連絡したときには、女性が未受診であることを伝えると救急車の出動を断られたという。おそらく受け入れ先の病院を探すのが難しいためだ。
自分で救急車を呼びますと言う女性に対しても、できる限り慈恵病院から救急車や病院に連絡を入れてつなぐようにしている。自分で呼ぶと言って電話を切った女性がその後ひとりで出産して死産となってしまったことがあったからだ。