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逮捕の3日後に「反論記者会見」

 孤立出産で生まれた赤ちゃんが死産だったのか、殺害したかは、遺体解剖でわかる。しかし、死産が遺棄罪に問われるのはどこからなのか、明確な規定はない。そこで私たちは大井警察署と警視庁に取材を申し込んだが、回答は得られなかった。

 蓮田さんが懸念したのは、この事件が自宅出産での死産が罪に問われる先例となってしまうことだった。蓮田さんは大井署に抗議するとともに、逮捕の3日後に反論記者会見を行った。

慈恵病院の蓮田健院長(筆者撮影)

 結果として女性は10日後に不起訴処分で釈放されたが、心身が傷ついているところへ不当にプライバシーを晒されたことのダメージは計り知れない。

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増える若年層の妊娠電話相談

 コロナ禍の2020年、厚生労働省の人口動態統計速報によると、出生数は前年より2万5917人減少し、87万2683人。過去最低となった。しかし、全体の動きと逆行するように、若年層の妊娠電話相談は増えた。春以降、予期せぬ妊娠をした女性の孤立出産が増える恐れがある。妊娠を誰にも相談できず、ひとりで産まなくてはならない状況に追い込まれた女性が死産となってしまう可能性は、今後も十分にあり得る。そうした不幸な出来事が死体遺棄罪に問われてしまうことになれば、予期せぬ妊娠に悩む女性をますます誰にも相談できない状況に追い込むことになる。

 慈恵病院は、「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」の運営を通して、孤立出産に直面した女性たちを支援してきた。本稿では、慈恵病院が支えたケースをもとに、そうした女性を支えるためには何が必要かを考えたい。

慈恵病院(筆者撮影)

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車内から陣痛の合間に電話を…

 慈恵病院の妊娠電話相談には年間6500件の相談がある。そのうち、陣痛のさなか、もう臨月、孤立出産直後など、差し迫った状況にある女性からの相談は25件ほどになる。ほとんどが熊本県外からの相談で、状況はそれぞれに異なり、ときには思わぬ事態が起こる。

 桜がほころび始めた2020年のある夕方、相談員が受けた電話は九州のある県に暮らす20代の女性からだった。3~5分間隔で陣痛があり、痛がっていた。病院は未受診で、一緒に暮らす母親に妊娠を打ち明けられないまま自宅で出産しようとしていた。相手はわからないという。しかし、相談員が「よく電話をかけてくれましたね」といたわりながら話を聞いていくうちに、異なる状況が見えてきた。女性は自分で運転して慈恵病院に向かう車内から電話をかけていた。陣痛の間隔を縫いながらの運転で、いつお産が進んでもおかしくない状況だった。