志村さんが教えてくれた「二度見」
収録にはセット替えというものがあります。
たとえば『バカ殿様』の場合、スタジオには3つも4つもセットが組んでありました。部屋のシーンをまず撮って、次に庭のシーンを撮り、その次は廊下のシーンを撮る――という具合に、セットからセットへ移動しながら撮影していくのです。
次のセットに移動しても、すぐに撮影が始まるわけではありません。カメラさんや照明さんなどがいろいろなチェックをするからです。これをセット替えというのですが、あるときセット替えの待ち時間に、志村さんから不意に、
「二度見をやってみろ」
と言われたことがありました。
「えっ!」
焦りました。心の準備はまったくありませんし、それまで二度見なんてやったことはありません。もちろんやらないわけにはいきませんから、志村さんの二度見をイメージして、足を震わせながら何とかやりました。
「硬いな」
志村さんは言いました。そして、おもむろに立ち上がり、なんとその場で二度見をやってくれたのです。感動する前に、ビックリしました。残像を持ち帰り、家で何度も練習してみましたが、その成果はいまだに心もとない感じです。
「それが辛いときのリアクションだから覚えておけよ」
これも志村さんに付いたばかりの頃の出来事ですが、仕事が終わったあと、麻布十番の焼肉屋さんに連れて行ってもらいました。席について、お肉が運ばれてくるのを待っていると、志村さんがいきなり青唐辛子を差し出しました。
「生で食べてみろ」
これ、絶対辛いやつじゃないか! 当時甘党だった僕は一瞬躊躇しましたが、「嫌です」なんて言えるはずはありません。
「いただきます」
思い切って口に入れました。案の定、それは強烈に辛かった。リアクションを取る余裕はまったくなく、僕は大声で、
「からーっ!」
と言いながらゲホゲホ咳き込み、涙目になったのでした。そんな僕を見て、志村さんは笑いながらこう言いました。
「いいか、それが辛いときのリアクションだから覚えておけよ」
初めて会ったときに「教えることは何もない」と言っていた志村さんですが、こうして振り返ってみると、事あるごとにいろいろと教えてくれました。それは手取り足取りという教え方ではなく、体で覚えさせる教え方でした。(#5に続く)