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「これで何か食べて」と1万円札

 もっとも、おいしい思いばかりしていたわけでもありません。辛いものが好きな志村さんは麻婆豆腐を辛さ強めで注文するのですが、当時甘党だった僕にとって、これを完食するのは結構大変でした。根性で食べているうちに、辛いものには少しずつ慣れていきましたが……。

 食事は毎回一緒だったわけではなく、僕一人で食べることもよくありました。そういうとき志村さんは、

「これで何か食べて」

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 と1万円札をいつも渡してくれました。

 勉強をさせてもらっているのに、お給料(パート代くらいです)をもらい、さらに食事代まで出していただくわけですから、そういうときは必ず領収書をもらって、おつりを返していました。もしも返さないでいれば、今頃はおつり御殿が建っていたと思います(笑)。志村さんにはそれくらいたくさんご馳走になりました。

志村けんさん ©️文藝春秋

出前の注文という「絶対に負けられない戦い」

 志村さんに付いて半年ほどして、一緒に入った佐久間が辞めることになりました。

 前にも書いたとおり、佐久間は現場担当です。志村さんの身の回りの世話をするのが彼女の仕事で、運転担当の僕は現場ではサポート役でした。しかし佐久間が辞めてからは運転と現場の兼任になり、「お前はボディガードか!」というくらい志村さんにピッタリ付くようになったのです。

 これには慣れるまで少し苦労しました。飲み物を出す。着替えを手伝う。「何時から収録が始まるか」とか「スタジオはどこか」といった確認をする。そういう仕事にはもう慣れていましたが、たとえば『バカ殿様』や『ドリフ大爆笑』といった収録が長くなる番組では、出前のタイミングを考えなければいけません。

 目指すゴールは、休憩で志村さんが楽屋に戻ってから、5分以内に出前が届くようにすることです。具体的にどうするのかというと、まず休憩に入る二つくらい前のコントが終わったときに「食事は何にしますか?」と聞きます。前述のとおり、志村さんは麺食いですから、ラーメン屋さんやお蕎麦屋さんのメニューをいくつか見てもらいます。

「今日はここの味噌ラーメンにする」

 たとえば志村さんがそう言ったら、そのお店の出前メニューを持って、共演者のみなさんに「食事はどうしますか」と聞いて回ります。

現在、故郷の鹿児島でレポーターとして活動するげそ太郎氏。『かごニュー』(鹿児島テレビ)より

 何をいくつ注文するか。これが決まってからが勝負です。休憩に入る一つ前のコントを見ながら、お店に電話するタイミングをはかるのです。

 タイミングを間違えると、みなさんに伸びた麺や冷えたカツ丼などを食べさせることになってしまいますから、ものすごく気を使います。休憩に入る一つ前のコントで水濡れがあるときは、出演者のみなさんはシャワーを浴びてから食事をしますから、その時間も計算に入れなければいけません。

 これがなかなかどうして思ったようにはいかず、ベストタイミングで出前の注文をできるようになるまで1年以上かかってしまいました。