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カーナビを買ってくれたけど

 その日、僕はいつものように志村さんを乗せてリムジンを運転していました。昼過ぎの収録現場から、夕方の収録現場へ向かっていたのですが、信号待ちで地図を開いてルートを確認している僕に、後部座席の志村さんから声がかかりました。

「そろそろカーナビを付けるか」

 これは本当に嬉しい言葉でした。カーナビがあればロケハンに費やす時間はゼロになりますから、体も気持ちも相当に楽になります。

「お願いします!」

 力を込めて答える僕。

「わかった。明日にでも車屋に頼んでおく」

 これでもう夜中のロケハンに行かずにすむ。現場から現場への移動でも、必死に地図を見なくてすむ。想像するだけで心が躍りました。

志村けんさん(左)と筆者(スウェーデンロケ、1998年、筆者提供)

 そして1週間後。車屋さんに預けていたリムジンが戻ってきました。

「とりあえずカーナビの操作を覚えよう」

 そう思って運転席のドアを開けると、カーナビがありません。

「あれ? 変だな」

 ハンドルの下まで確認しましたが、待ちに待ったカーナビはやっぱりどこにもない。

「なんだよ……」

 僕は軽く腹を立てました。カーナビが付いていないのは車屋さんのミスだと思ったのです。仕方なく車の掃除でもしようと後部ドアを開けると、なんと! カーナビが後部座席に付いているではありませんか。

早速、車屋さんに電話すると……

「えええっ?」

 驚いた僕は、すぐに車屋さんに電話しました(ちなみにこの車屋さんは志村さんの親戚です)。

「カーナビが後ろに付いているんですけど!」

 すると車屋さんは、とんでもないことを言い出しました。

「うん。変だなとは思ったけど、けんさんが『後部座席に付けて』って言ったから」

 いやいや、そんなはずはない。何かの間違いでしょ。そう思った僕は、志村さんにおそるおそる聞いてみました。

「あの、カーナビが後部座席に付いているのですが……」

 すると志村さんは、別にどうということもないふうに言いました。

「ああ。俺が今どこを走っているか知りたいから、後ろに付けてもらった」

 嘘でしょ? なんとも常人では理解しがたい発想ではありませんか!

 僕はかねて、凡人には思いもよらぬアイデアを次々と生み出す志村さんを、天才だと思っていました。しかし、まさかそんなところでも天才性が発揮されてしまうとは……。

志村けんさん ©️文藝春秋

 カーナビが後ろに設置されてから変わったのは、注文が増えたことくらいです。後部座席から「おい、この先の道、渋滞してるぞ」とか「さっきの交差点で曲がったほうが早かっただろ」などと言われるようになったのです。

「後ろに付けるなら、ついでに前にも付けてほしかったんですけど」

 とはまさか言えず、僕はその後も不安な道は夜中にロケハンし、現場から現場への移動では信号待ちのたびに必死に地図を見たのでした。