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綾瀬はるか、カズオ・イシグロに会いに行く #前編

人気女優がロンドンで語り明かした2時間。

source : 文藝春秋 2016年2月号

genre : エンタメ, テレビ・ラジオ, 読書, 芸能, 映画

綾瀬 すでに脚本もお読みになって、「物語の中でこれまで光の当たっていなかった部分、奇妙で興味をそそるような角やくぼみ、時々はこれまで気づいていたけれども開けたことのなかったドアを開けて新しい部屋をまるまる見つけるような、原作の新しい部分を発見して、光を当ててくれる」というコメントを寄せて下さいましたね。

イシグロ 脚本を、すでに第5話分まで読みましたよ。10年に『Never Let Me Go』がマーク・ロマネク監督の手で映画化された際は、私も製作総指揮として携わりました。あの時は、非常に長い小説をわずか1時間45分に収めなくてはいけなかった。そこが一番難しいところでした。でも今回は連続テレビドラマになる。全部で10話もありますから、逆に話を広げていかなければいけません。脚本を書かれた森下(佳子)さんは、テレビドラマという形式において素晴らしく有能な方ですね。原作では提起されたけれども完全には答えがでなかった問題を、深く掘り下げて脚本にしてくれています。

ロンドンにて ©文藝春秋

綾瀬 私は先日衣装合わせを終えたばかりで、撮影が本格化するのはこれからなのですが、本当に楽しみです。

イシグロ 映画版では主人公のキャシーを演じたキャリー・マリガンをはじめ、キーラ・ナイトレイ、アンドリュー・ガーフィールドが、登場人物の新たな側面を発見していってくれたように思います。書いた私自身も気付かなかったような側面が見られた。ニナガワさんが舞台化なさった際も、独自の解釈が加えられて非常にエキサイティングでした。

 今回はるかさんも、映画とも舞台とも違った新たな面を発見してくれることを期待しています。

綾瀬 どの作品でもそうですが、やはり演じる人によって、「役」というのは絶対に違ってきますから、私自身、どんなキャシーに、ドラマでは「恭子」という名前ですが、どんな恭子にしていくか、楽しみにしているところです。

男性も女性もそれほど違いはない

イシグロ はるかさんは、ある役柄を演じているうちに、自分でも思いもよらなかった面が見えてくるような経験はありますか?

綾瀬 はい、あります。作品に入る前は、「これは、自分には似た部分がない役だから難しいな」と思っていても、演じていく中で「あっ、こういう面が自分にもあったんだ」と気付かされることが結構多いんです。そういう役柄に限って、作品を見終えた友人から「今までで一番素のはるかに似ていたんじゃないの」なんて言われることもあります。

イシグロ そんな風に言われると、不安な気持ちになりませんか。というのも、実は小説家として私も同じような経験をすることがあります。ある登場人物を書いている時、最初は自分とは全く違う人物だと思っていたのに、実は自分によく似たところがあると気付いて自分自身驚くことがある。そして、それを読んだ人から「これはイシグロさんそっくりだね」と言われることがあるんです。

綾瀬 イシグロさんは、そういう時に嫌な気持ちや、不安な気持ちになりますか。

イシグロ 小説家も役者も、ある意味でプライバシーを切り売りしているようなところがありますよね。時々メディアの人から、作家自身の個人の生活と作品をごっちゃにして、「今作は、どれだけあなたの自伝的な要素があるのですか」などと聞かれると、困ってしまいます。

綾瀬 それはとてもよく分かります。私、イシグロさんにぜひ聞いてみたかったんですが、この作品では、私が演じる主人公のキャシーと、女友達であり、色んなものをキャシーから奪っていく敵役でもあるルース(ドラマ版では水川あさみが演じる美和)の、女同士の「神経戦」が非常に細かく描き込まれていますよね。好きな男の子への感情の変化、嫉妬心や、ちょっとした諍いの種も本当に緻密に描かれていて、「あぁ、こんな子ってクラスにいたなぁ」とか「わかる、わかる、この感じ」と思いながら読みました。男性のイシグロさんが、若い女の子のああした独特の、とても難しい心理状態を、どうしてここまで分かるんだろうと不思議に思ってしまいました。

イシグロ 誤解を招くかもしれませんが、私は男性も女性も根底ではそんなに違わないんじゃないかと思っています。私はいつも、その人物が男性でも女性でも、あまり気にせずに人間の根本的な感情を書こうとしています。人生に対する恐れや衝動、あるいは希望というものは、男性も女性もそれほど違いはないと思います。

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