ヒグマによる人身被害は、春と秋に特に多く発生している。これは、山菜やキノコを採りに来る人間と、冬眠前後に餌を求めて活動するヒグマが、山野で遭遇する確率が高まるためと考えられている。

 大正4年の11月下旬……。北海道苫前郡苫前村三毛別にある家々では、軒下に吊るされていたトウキビがヒグマに荒らされる被害にあっていた。当時、クマの出没は珍しいことではなかったため、住民たちはあまり気に留めないでいたという。

窓から屋内に侵入してくるヒグマ

 12月9日午前11時半ごろ、開拓者である太田家には当主の妻と、養子として預かっていた子供がいた。そこに、冬眠をしそこなった1頭のヒグマが、窓を破って屋内に侵入し、2人を殺害した。

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 12月10日夜、2人の通夜を太田宅で行っていると、大きな物音とともにヒグマが乱入。狂乱の中、ひとりが銃を放つとヒグマは逃げていった。

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 しかし、ヒグマがそのまま山中へ帰ることはなかった。その足で太田宅から500m離れた明景宅を襲ったのだ。ここには大人3人と、子供7人が避難していた。激しい物音と地響きがすると、ヒグマが窓を打ち破り、いろりを飛び越えなだれこんできた。大鍋はひっくり返りランプは消え、たき火は蹴散らされ、逃げまどう人々に次々と襲いかかる……。結果的にこの襲撃で5人が殺害され、3人が重傷を負った。

 事件発生後6日目、討伐に加わっていた猟師によってヒグマは射殺された。重さ340kg、体長2.7m、立ち上がった高さは3.5m、推定7~8歳のオスだった。死骸をソリに乗せて運んでいると、それまで晴天だった空が一転して大暴風雪となった。この天候の急変は「羆嵐(くまあらし)」と名付けられ、いまも当地で語り継がれている。

史上最悪の獣害の現場へ

 時は変わって2019年夏、私は北海道を旅していた。夕張、赤平などの炭鉱跡がある空知地方と、旭川、美瑛などの観光スポットが多い上川地方を回る予定だ。時間に余裕をもたせ、その日の天気と気分次第で行く場所を当日まで迷っていた。

牧歌的な雰囲気の北海道の風景 ©あさみん

 旭川周辺のスポットを調べていると、苫前町の資料館に、三毛別羆事件の詳しい解説があるらしい。しかも中には、私の好きな剥製やマネキンもあるようだ。

 ちょっと行ってみようか。

 ちょっととはいえ、旭川から苫前町まで120kmはあるのだが。