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「助けたくない」人たちが抱えるそれぞれの事情

『健康で文化的な最低限度の生活』では、主にシリーズごとにさまざまな事情を抱えた生活困窮者たちが登場する。多重債務者、アルコール依存症、子どもの貧困や貧困ビジネスまで、壮絶なストーリーのなかで、現代の日本が抱える「リアルな問題」もクローズアップしている。

 どのエピソードも興味深いのだけれど、私がもっとも心を揺さぶられたのは、3巻~4巻にわたって描かれた「扶養照会」についての問題提起だった。

 それは主人公・義経えみるが勤務する福祉事務所に、ひとりの男性が訪れる場面から始まる。

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 26歳、住所不定無職の男性はうつで働くことができず、所持金が数十円しかない状態で生活保護の申請にやってきた。彼のような境遇にある人は決してめずらしくはない。今日食べるものもない状態まで困窮しなければ、誰かに助けを求めることもできない人は意外に多い。

『健康で文化的な最低限度の生活』第3巻より ©柏木ハルコ / 小学館

 男性にはもう数年以上会っていない父親がいるが、実家を頼ることはできないうえ、本人からは「扶養照会はしないでほしい」という強い要望があった。えみるは何度も扶養照会を拒否する理由を聞こうとするが、男性は「とにかく無理です」の一点張りでとても聞き出せる様子ではなかったため、上司に判断を仰ぎ、男性の許可なく父親に扶養照会の手紙を出してしまう。

 手紙を読んだ父親はすぐに連絡を寄越し、新幹線に乗って「息子のことはウチで面倒を見る。息子のところへ案内してほしい」と福祉事務所へ押しかけてきた。えみるは男性に「お父さんがいらしているので、今からそっちへ行っていいですか」と連絡するが、男性は激しく取り乱し、「やめてください」と電話を一方的に切ってしまう。

『健康で文化的な最低限度の生活』第3巻より ©柏木ハルコ / 小学館

 そしてその後、えみるは警察からの電話で、男性が駅のホームから電車に飛び込もうとして、接触事故を起こしたことを知らされる――。

扶養照会で親族の援助を得られるケースはたったの1.45%

 このところ話題になっている通り、生活保護申請にあたって行われる親やきょうだい、親族への扶養照会は、生活困窮者にとって心理的ハードルが高く、生活保護の申請に消極的になる要因のひとつだと言える。

 生活保護法では、扶養義務者の扶養はあくまで「生活保護に優先するもの」であると定められているが、「必ず援助しなければならない」といった強制力は持たない。法律上の義務ではないため、厚生労働省は「扶養が期待できないか、DVや虐待などの被害から逃れてきたケースなどでは扶養義務者への直接照会はしなくて良い」としているが、明確な禁止がなされていないことから、実際にはどんな場合であれ扶養照会が行われるケースが多い。

〈生活保護法 第四条
 保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。
 2 民法(明治二十九年法律第八十九号)に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は、すべてこの法律による保護に優先して行われるものとする。〉