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学生もオリックスの選手も聞いてほしい「ピンチで自分に何ができるのか」を考える

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/04/28
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「ピンチを生み出している状況で何ができるのか」

 野球中継ではよく「ピンチをチャンスにする」とか簡単に言うけど、実際には野球でも実生活でもピンチは単にピンチであり、それ自体がチャンスになる事など滅多にない。相手チームが無死満塁でノースリーの状態で、自分のチームが得点するのは物理的に不可能だ。

 とはいえ、そのピンチが生み出されている状態から、何か新たに出来る事を探し、学んでいく事は出来る。「ピンチをチャンスにする」のではなく、「ピンチを生み出している状況で自分に何ができるのか」考えるのだ。野球でいえば「その試合に生かす」のではなく、「次に試合に生かす」何かを獲得する、と言えばわかりやすいかもしれない

 例えば、大学院生にとっては、せっかくの学会報告に、時間をかけて準備をして臨んだのにも拘わらず、オンライン開催になってしまい、発表後の懇親会等で意見を聞けないとすれば、それはとても残念な事だ。でも、オンライン開催の学会だからこそ、自宅や研究室からでも気軽に参加できるし、ちょっとした遊び心を持てば、発表する自分の背景を満員の京セラドームに変える事だってできる。考えてみれば、航空運賃を一銭も払わずに、遠く海外にいる人達にインタビューしたり、研究会に参加したりする事だってできるのだ。だったら気楽に人々に会い、発表すればいい。大金をつぎ込んで買った航空券代が無駄になったら大変だけど、オンライン学会で失われるのは、せいぜいその場でのあなたの評価だけだ。大丈夫、そしてそれは大したことではない。何故なら、失敗したルーキーの事なんて、ほとんどの人はさして気にかけてさえいないからだ。だからこそ、失った評価は次の機会に取り戻せばいい。そして、あなたにとってその機会は世界中に無数に存在する。だってオンラインなら、一瞬にしてその場所にアクセスできるのだから。

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学会で座長として司会中の筆者 ©木村幹

 学部の授業だって同じ事だ。どうせオンラインだし、大規模授業では誰も顔出しなんてしないんだから、気楽に質問し、発言すればいい。チャット機能だってあるし、先生にこっそりメッセージを送る事だってできる。サークルだって、とりあえずはいろいろと見て回ればいい。目の前の先輩に気を遣わず、自宅のベッドから寝転んで参加できるんだから、楽なもんだ。つまらなければ、宅配が来たとか適当な理由をつけて、ネットを切ってしまえばいい。そして大丈夫、誰もその事を大して気にかけてなんかいないから。

暫くの間は、あなた方の目の前にはファンがいない

 京セラドームでも、しばらくの間は無観客試合が続く。どんなに人数が制限されていても、目の前に応援してくれる観客がいるといないでは、やはりモチベーションは大きく違うだろう。でも我々が知っている事がある。オリックスには、何人か(いやもっとか)、心優しい、いや心優しすぎる選手達がいる。彼らはプレッシャーのかからない場面、例えば、練習の時には、素晴らしいスイングをし、ものすごい球を投げる。でも大事な場面では、彼らはまるで別人になり、波打つスイングでバットをボールに当てに行き、腕を振らずにストライクを取りに行く。だからこそ、目の前のファンは時に彼らに失望し、その失望の声が彼らの自信をさらに失わせる。

 だったら、この無観客試合という場をこう考えれば良い。暫くの間は、あなた方の目の前にはファンがいない。それはとても寂しい事だけど、同時それはあなたが失敗しても、それをこれ見よがしに嘆き、ブーイングさえする人々がいないという事でもある。だったら、気楽に考えればいい。これは二軍の試合や、練習の時と同じ状況なのだ。ならば気楽にバットや腕を振り切る事ができないわけがない。失敗したって構わない。だって「誰も見ていない」のだから。失敗したら、テレビとネットを切って早く寝よう。そして次の試合に備えればいいだけだ。

 と、ここまで読んで、「そもそもオリックスの試合には、通常でも選手がプレッシャーを感じるほど、観客が入っているのか」と思った人、正直に手を上げなさい。先生がZoomで「いつでも」指導してあげるから。

 そして、これがもう一つ考えるべき事だ。オンライン中心の生活の利点の一つは、この「いつでも」繋がれる事にある。そして、当然それは大学院生や学部生も同じである。そう、わざわざ大学まで行って、先生の研究室を探して、少しドキドキしながらそのドアを開ける必要は、今はない。予めアポさえ取っておけば、パソコンやスマホの電源を入れるだけで、自宅のソファーから授業の質問をしたり、アドバイスを受けたりする事もできるのだ。その気になれば、他大学の先生に「オンラインで質問しに行って」も構わない。心配なんか必要ない、野球選手だって大学教員だって、「あなたに会いたかったんです」と言われれば嬉しいに決まっている。顔出しをしなければどうせ見えないんだから、服装や化粧も気にする必要はない。まあ、尤も相手の方もどんな格好をしているかは、わからないけど。そこはお互い様だから大目に見ていこう。

 違う言い方をすれば、オンラインだからこそ、僕らは「いつでも」つながれるし、つながっている。そしてオリックスの選手にもその事は覚えておいて欲しい。球場には行かないし行けないけど、僕らはあなた達とそこにいる。でも、オンラインだから僕らの存在がプレッシャーになる時は、その間だけ、頭の中のZoomのスイッチを切ってくれればいい。そう僕らは会いたい時に会えるからこそ、会いたくない時にも距離を置けるんだ。そしてそれは、本当は僕らが思うより、ずっと簡単な事だし、結構珍しい機会なんだと思う。

 そう考えればこの重苦しい緊急事態宣言下の状況でも、少しは気楽にいられるに違いない。大丈夫、僕らは球場にいるし、教室にいる。きっとその形がいつもとはちょっと違うだけなんだ。そしてこの状況は永遠には続かない。ピンチの時だからこそ、今すぐにでなくても、全てが正常に戻った時、何が役に立つのか考えてみたい。そして、再び直接会えるようになった時、少しだけ大人になって、たくましくなった選手や学生の皆の姿を見てみたい。

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