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 数年前、麻耶さんは母が喜ぶ国家公務員と結婚。幸せに暮らしているのかと思いきや、母がたびたび新婚宅に泊まったり、夫の実家に一緒に帰省するのを嫌がったりするようになった。夫からは「子離れできていない」と批判されて仲が少しずつ悪くなり、子どももいない。「幸せになるのを妨害されているのは分かっている。でも、母を悪者にすることはできないから」

 とうつむくばかりだ。

 いずれのケースも、母は娘の人生を自分の思い通りにしようとし、娘は親を失望させることに強い罪悪感と恐怖心を抱いている。両者はお互いに切っても切れない「共依存」の関係のようにも見えた。美帆さんが、母親の見つけた相手と結婚したら、家族計画や親の介護など、過干渉でまた苦しめられるのではないかと心配してしまう。なんとか時間をかけても苦しみから解放されてほしいと願っている。

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 このように「代理婚活」といっても、親心は十人十色だった。個人的には、結婚という大事な選択を親に任せてしまってよいのだろうかという疑問はぬぐえない。私が書いた代理婚活の記事はツイッターなどで瞬く間に拡散された。ツイッターのコメントは「世も末だ」「子どもは親の所有物ではない」「自分の介護担当を探しているだけでは」などと批判の声が多かった。若い世代のこうした反応は予想通りだった。そして代理婚活と名前を変えただけで、中身は昔のお見合いのシステムと同じだという指摘も寄せられた。

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 子心も十人十色であり、他人が全否定することはできない。実際に代理婚活で母親が見つけてきた相手と結婚した女性は、「親の反対がない安心感もあって、話が早く進んだ」「仲のいい家族を作るという夢を母のおかげでかなえられた」と話してもいた。

 親も子どもも納得しているなら、お見合いと同様に効率的でいい選択なのかもしれない。

炎上する昭和の価値観

「婚難の中で」を連載したのは平成も終わろうとするときだった。

 しかし、30年以上昔の昭和の古い価値観は、今も若者たちを苦しめ続けている。親たちも自分たちが経験した価値観に縛られていると感じた。それは政治の世界も同じ。結婚や出産を巡り、政治家の問題発言は何度も繰り返されてきた。