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特集観る将棋、読む将棋

2021/04/05

 対局が終わり、早い時間から飲み交わすことになった。といってもお酒を飲まない山崎八段はジュースで、飲んでいるのは解説者だった行方尚史九段と筆者なのだが。

 将棋の話、他愛もない話、そして女の子の話など、対局時間より長く話をした。東西に別れており、プロ入りの時期も違う山崎八段と初めて同世代として接した時間は楽しかった。

 ただ肝心の対局については、まったくもって認められている感じがなくて悔しかった。

 それからは少しずつ接点ができていく。

 世代が近いと修業時代を共にしており、周りが思う以上に強い絆でつながっているケースが多い。人生の節目を同じタイミングで迎えることも多く、話に親近感がわきやすい。

山崎世代はみんな悔しい思いをしている

 3年ほど前、仕事で一緒に地方へ出向く機会があった。そこで突然「勝ってる秘訣を教えてくださいよ」と話しかけられた。

 そう言われるほど筆者が勝ちまくっていたわけではないのだが、AI時代の波に乗っている感じはしていた。一方、山崎八段はその波に乗れていない実感があったのだろう。「自分はAIに良さが消されて。使い方もよくわからないですよ」と続けて語った。

山崎八段は、関西所属 ©中田絢子

 こうした話を棋士同士でするのは珍しいが、同世代のよしみがあったのだろう。同時に初めて対局について少し認められたことは嬉しかった。

 山崎世代はみんな悔しい思いをしている。実績がないと将棋界では対局でも対局以外でも悔しい思いを味わわされるのだ。

 山崎八段はA級昇級を決めてのインタビューで「なるべく最後まで足掻いて戦うように意識していました」と語った。実績は劣るが、しぶとい人が多いのがこの世代の特徴だ。それは悔しい思いをたくさん味わってきたからではないか。

 山崎と同学年の横山泰明七段は40歳にしてB級1組に昇級した。

 40代前半は思わぬ活躍を遂げる棋士が多い年代でもある。筆者も続けるよう頑張りたい。

最後に復活の狼煙を上げていた

 山崎八段の活躍の前兆は昨年の3月頃からみえていた。

 第91期棋聖戦で決勝トーナメントに進出し、強敵を打ち破ってベスト4へ進出した。

 この期の棋聖戦では、藤井聡太七段(当時)の最年少でのタイトル挑戦と獲得が注目を浴び、山崎八段の活躍は目立たなかった。

 しかし、指し分けで終わったこの年度の最後に復活の狼煙を上げていたのだ。