『家族と国家は共謀する サバイバルからレジスタンスへ』(信田さよ子 著)角川新書

 1970年代からカウンセリングに関わり、現在も第一線で活躍する公認心理師・臨床心理士の信田さよ子さん。長年にわたり積み重ねてきた知見が結晶した新刊が上梓された。本書では、私的な領域とされている「家族」と、公共空間の上位に位置する「国家」とが、〈暴力〉という観点で見たとき、どのように繋がっているかを明らかにしている。

「これまで多数の著書を出版してきましたが、現役のカウンセラーとして、自分の意見を公表するのにはためらいがありました。今回のように自分の信念をストレートに書くのは初めてです。コロナ禍での出版となったのは偶然ですが、国の対策が個人の生命を左右する現実は、本書のテーマとも深くかかわっています」

 2020年度のドメスティック・バイオレンス(DV)相談件数は、昨年11月までの総数で13万2355件と、過去最多となった。コロナ禍の外出自粛により、家族内の暴力が増加したのだ。

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「私のカウンセリングセンターでは、昨年春の時点では、自粛の影響もあるし、クライエントが減るかなと思っていたんです。ところが実際は逆でした。これまで目をそらしていた問題に向き合わざるを得なくなった人が増えたのでしょう」

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 DV加害者は圧倒的に男性が多い。それは何故なのだろうか。

「DVの世代間連鎖は男性の場合はっきりしています。DV加害者プログラム参加男性の多くが、父親のDVを目撃しています。父親の暴力を見て育った男性の場合、父のようにはなりたくないと思いますが、思春期を過ぎると変化します。体格的に父親を超すようになると、今度は『あの時の親父の気持ちがわかる。母親にも悪いところがあった』と同じ男性として父親を許し、暴力を肯定してしまう。そして家庭を持った時に繰り返してしまうんです」

 信田さんは、第二次世界大戦後、日本における家族内の暴力は増大したのではないか、という。

信田さよ子さん

「70年代半ば、精神科病院でアルコール依存症者と出会ったのですが、中には戦争から帰還した人もいました。上官から暴力を振るわれたり、死の恐怖を紛らわせるために無理やり酒を飲まされた、それがきっかけで気づけばアルコール依存症になっていた、と聞かされたものです。戦争が終わるとアルコール依存症が増えるといわれます。日本に帰ってきた彼らは、今度は酔って妻や子どもに暴力をふるう側になった。戦争によるトラウマが、戦後に家族への暴力につながったと思います」

 こうした仕組みに気づいたのは、90年代末に、女性学を学んだことがきっかけだったという。

「上野千鶴子さんの『近代家族論』のゼミを聴講し、ふつうの家族とは、明治以降歴史的につくられたものだと知ることで、家族のとらえ方が根本から変わりました。力の不平等な関係という視点でとらえると、DVや虐待は個人の心の問題ではなく、支配による構造的暴力として浮かび上がったのです」

 コロナ禍で削減された非正規雇用の多くは女性だという。身体的・経済的に危機が迫った場合、どうすればよいのか。

「逃げることも抵抗のひとつだと思います。そのためにはふだんから自分の味方になってくれる人と、最低限のお金は確保しておいてほしい。もちろん、利用できる援助機関の情報も忘れずに」

のぶたさよこ/1946年、岐阜県生まれ。公認心理師・臨床心理士。原宿カウンセリングセンター所長。日本公認心理師協会理事、日本臨床心理士会理事などを務める。著書に『母が重くてたまらない』『依存症』など多数。