『オリーヴ・キタリッジ、ふたたび』(エリザベス・ストラウト 著/小川高義 訳)早川書房

 読後、長く脳内に住みつき、思いがけないときにひょっこり顔をのぞかせて存在を示す。オリーヴ・キタリッジ、彼女はまさにそんなキャラクターだ。アメリカ北東部、メイン州の海辺の町クロズビーに暮らす人々の人間模様を綴った『オリーヴ・キタリッジの生活』を読んだ十年前からずっと、彼女はわたしの内側で生きていた。続編である、この『オリーヴ・キタリッジ、ふたたび』で、歳を重ねた彼女に再び会えたことに、大げさでなく歓喜した。

 辛辣なもの言いをするかと思えば、ときに相手がたじろぐほどの深い情を見せる。愛想はないが笑うときは大声で笑う。相反するような性格が大きな体の中に同居している、それがオリーヴの魅力だ。長い年月を共にした夫ヘンリーが亡くなり、息子夫妻はニューヨーク。七十代前半で独りになったオリーヴは、元大学教授のジャックと新たな人生を歩み始める。そこから十年余りの「町の時間」が、十三の連作短編の形で描かれる。

 英語の先生の夫と秘密を共有する中学生、自殺した憧れの美少女をふと思い出す初老の男性、オリーヴが数学教師だった頃の教え子たち……前作同様、著者は焦点を当てる人物をオリーヴに限定せず、物語によって変えながら、クロズビーの老若男女のエピソードを連ねてゆく。とりわけ胸に残るのは、火事で父を失ったスザンヌと、彼女の実家の財産を管理している老弁護士バーニーの会話がメインの「救われる」と題された一編だ。

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 心許せるバーニーに、誰にも言えない家族の暗部をおずおずと打ち明けるスザンヌは、話の中でユダヤ人のバーニーの両親が強制収容所で命を落としたことを知る。境遇は違えど、お互いに「生き延びた」者同士なのだった。しかし、生きれば生きるほど抱えきれないものを抱え込まされ、保留中の問題が増えていく。そんな人生に対し、できることは何か――?

 書き留めておきたい文章があちこちに埋め込まれているこの小説の中でも、172ページのスザンヌの言葉は特に忘れがたい。生きれば生きるほど、という困難は、当然ながら我らがオリーヴにも降りかかってきて、ジャックとの生涯の別れも近づいてくる。誰もが自分の年齢に驚きながら歳を取っていくのだという事実が、哀切とユーモアの混じった筆致で描き出され、えらいこっちゃと嘆きつつ杖をついて歩くオリーヴを、読者は先達のように思うことだろう。

 続編ではあるが、どちらを先に読んでも問題ない。今作を読んでから前作を手に取ると、ヘンリーと暮らしていた中年期のオリーヴが別人のように思えるかもしれない。彼らのような「ごく普通の人々」を真ん中に据えた物語のひとつひとつから、こんな声が響いてくる。人は必ず変化する。そしてすべての人の生は書かれるに値するものなのだ、と。

Elizabeth Strout/1956年、メイン州ポートランド生まれ。26歳のとき作家としてデビュー。2008年に発表した第3長篇『オリーヴ・キタリッジの生活』でピュリッツァー賞受賞、ドラマ版はエミー賞を受賞。本作はその続編。ニューヨーク市在住。

きたむらひろこ/1966年、東京都生まれ。ライター、フリーアナウンサー。著書に『ヒロ☆コラム』(日本文化出版)。

オリーヴ・キタリッジ、ふたたび

Strout,Elizabeth ,ストラウト,エリザベス ,高義, 小川

早川書房

2020年12月17日 発売