早朝5時、魚市場に行ってみると……
早朝5時、まだ薄暗いなか、魚市場に足を踏み入れる。下之一色魚市場は、業者だけではなく個人も自由に出入りして買うことができる。魚介類を扱う店のほか、だし巻き卵をその場で焼いて販売している店などもあり、全部で16軒。空きスペースが目立ち、最盛期に比べると半分以下だが、それでも周辺に何もない立地を考えると、十分賑わっているように感じられた。
店主が魚を慣れた手つきでさばきながら、客に声をかけている。漏れ聞こえてくる内容から、客のほとんどが常連だということが分かった。
私は、さばいたばかりの刺身と、焼きたてのだし巻き卵を購入した。この状況で美味しくない訳がない。欲を言えばご飯がほしいところだったが、早朝から刺身で満腹になるという、何とも贅沢な朝食にありつけた。
あさりの佃煮をお土産にして、すっかり気を良くした私は、帰宅した後になって、ようやく廃墟のことを思い出した。魚市場を楽しむので満足し、廃墟のことを聞くのを忘れていたのだ。そこで、魚市場が閉場する3月13日当日、三たび魚市場を訪れたのだった。
下之一色魚市場、最後の日
最終日の朝5時、生憎の雨天だったが、市場は活気に満ちていた。なかには今日で閉場ということを知らずに買い物に来ている客もいた。「えー! 今日で終わりかね?」「今までありがとね」そんな会話が飛び交っている。
多くのお店の方に話を聞いたが、皆さん寂しいながらも閉場は仕方がない、とおっしゃっていた。「昔に比べると店もお客さんも少なくなったし、みんな高齢化した。いいタイミングじゃないか」と、自分に言い聞かせるように語る姿が印象に残った。16軒のうち数軒はご自宅などで商いを続けるが、ほとんどの店は廃業されるとのことだった。
これといったイベントもなく、7時を過ぎると、商売を終えた店から次々と店じまいをして帰ってゆく。
「それじゃあね、長いことお世話になったね」「明日からもう顔見んのかね」
お店の人同士が、最後の会話を交わしていた。
午前9時、もう商いは終了し、数軒の店が後片付けをしているのみになった。そのうちの一軒で、ずっと掲げていた店の看板を下ろす瞬間を目撃し、思わず声をかけた。