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駅前のミカン箱の上で歌っていた大地真央さんが「クレオパトラをやれるのはあなたしかいない」と言われるまで

特別公開「阿川佐和子のこの人に会いたい」#2

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大地 そうそう、15歳って微妙な年齢だったみたいで。そしたら、声楽の先生に「すごく声がよくなったわね」と言われて、それまでA~Dの4つのクラスで、さらにその中で1、2で分かれているうちのD2、一番下のクラスだったのが、本科生になってAの2に上がったんです。

阿川 扁桃腺を切ったおかげ?(笑) それから、退団後の1997年には舞台『クレオパトラ』で主演をされたときに声帯炎になられて……。

大地 クレオパトラは大量の台詞でしゃべりっぱなしだったんです(笑)。一幕でシーザー役が平幹二朗さん、二幕でアントニー役が江守徹さんだったんですけど、クレオパトラだけは出ずっぱりで、しかも初めてのマイクなし。日生劇場の一番奥の席まで声を届けないと、と思うとやっぱり張り上げてしまって。しかも、最初絨毯にくるまってコロコロコローッと出てくるときに、砂埃がブワーッと舞うんです。お香もろうそくも焚くし、衣装は重いし傾斜舞台だし……。

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「待ってるから完全に治しなさい」

阿川 キャ~。それは過酷な演出すぎる!

大地 「喉を振り絞るような声で『アントニー』と叫ぶ」みたいなト書きをそのままやっていた私が未熟だったんです。2カ月の東京公演、1カ月の大阪公演の予定が、東京公演が始まって2週間ぐらいで、本番中全く声が出なくなりました。手術するか、ステロイド治療をするかの二択しかなくて。でも、手術=打ち切りですから、女優生命を失うか、声を失うかを迫られている感覚でした。

 

阿川 人魚姫みたいな話。どうなさったんですか?

大地 「待ってるから完全に治しなさい。クレオパトラを演れるのは大地真央しかいない。代役は立てない」と言っていただいて。即入院して、一週間筆談で、24時間点滴でステロイド治療を受けました。少し声が出てきた時には、病院の先生方から奇跡だ! と言われました。なんとか復帰する目処がたって、ボイストレーナーの先生に病院に来ていただいて、軽い発声から始めました。セリフも減らしていただいて。しばらくは病院から劇場に通いましたが、無事に演りきることが出来て、その後追加公演もやれました。でもステロイドは数カ月間、量を減らしながら続きましたね。

阿川 試練を次々乗り越えて、『マイ・フェア・レディ』も20年のロングランをされたわけだけど、ここにも大地さんの革命の跡があるんですよね。イギリスの「h」の音が発音できない花売り娘が、言語学者に鍛えられて、どこの上流階級のお姫様だ、と間違われるまでになる、という物語。この「h」が読めないという表現を日本語で、「はな」を「あな」に、「ヒギンズ教授」を「イギンズ」と読むように大地さんが変えたって、ホントですか?

大地 そうですね。イギリスの階級社会を描いている作品を、例えば江戸っ子が「ひ」と「し」をちゃんと言えるようになるとか、ズーズー弁だったのを標準語に、というのはちょっと違うなって。日本で方言は階級を表すものではないし、日本語で互換できないなら、「イライザ語」ということで、そのままやる方がいいんじゃないかと。あと、話すときは「あたい」と言っているのに、歌いだすと「私は~」となるのもどうかと思って。感情の高ぶりを台詞から歌で表現したり、踊りで表現するのがミュージカルだと考えていたので、その高揚が切れるのは、と、そこも変えさせてもらいました。

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