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熊本城に「前代未聞の橋」を造れ! 350メートルの巨大通路…建設までの“知られざる舞台裏”

復興のシンボル・熊本城の今 #2

2021/04/17
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「部品の数だけ部品がある」複雑な橋

 高低差のある地面に、右へ左へと曲がるルートを設けたため、「これに合わせて造ろうとすると、部品の形が全て異なってしまいました。普通の橋なら同じ規格の部品を組み合わせて造りますが、特別見学通路は部品の数だけ部品があるのです。このような構造物は他にあまりありません」と城戸さんは話す。コンピュータで設計し、加工もコンピュータで計測しながら行った。

 そして狭い場所ではワイヤーで吊り下げながら設置するなどした。

 普通の橋は、基礎となる杭をしっかりと打ち込む。ところが、城内は特別史跡なので、文化財保護のために土地の改変は許されない。そこで、橋脚の下には分厚いコンクリートを置いて基礎とした。それでも20年間も設置したら、地面が動いたり、橋が経年変化したりする。350メートルもの長さがあるので、各所の歪みは大きな負荷になるだろう。そこで橋を三つに分割して建設し、接合部分で歪みを調整するようにした。

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特別見学通路の橋脚が立つコンクリート製の「置き基礎」。工事車両用の道路も通っている
三つの「橋」で構成された特別見学通路のつなぎ目

 色は城に合わせて、黒と白に塗った。歩道には板を張り付けたので、周囲の景観と溶け込む。

 設計に10カ月。工事は急いで行うために2班に分けて行ったが、それでも13カ月かかった。事業費は約17億円にものぼったが、国には「仮設」として許可をもらったので、20年間の復旧工事が終われば解体する。

 20年6月から使用開始した。

実際に「通路」を歩いてみた

 この「通路」を歩けば、さまざまなものが見える。城戸さんに案内してもらった。

 最初に目に飛び込んできたのは、崩落した石を保存した現場だ。行幸坂を挟んで向かいにある。

 続いて、数寄屋丸二階御広間の下の石垣が、ぼっこり落ちて空洞になっていた。この建造物は1989年、熊本市政100周年を記念して復元された。石垣が落ちた建物はたわみ、白壁には幾筋もの亀裂が入っている。「中に入ると床板の隙間から外の光が見えて怖いですよ。石垣は横から石を差し込んで直せればいいのですが、上の建造物を一度解体しなければならないのが難しいところです」と城戸さんが説明する。

数寄屋丸二階御広間。石垣が崩れ、建物がたわんでいる

 その反対側は、飯田丸五階櫓(いいだまるごかいやぐら)があった場所だ。櫓の石垣が崩れ、角の一列だけで崩落に耐えたことから「奇跡の一本石垣」として有名になった。緊急工事で解体保存されており、再建工事の開始を待つばかりになっている。現場にはまだ鉄板が敷いてあった。

 特別見学通路の下には、コンクリートの道が造られていて、この上を工事用の車両が行き来する。