出会いのきっかけ「字が小さくて読めねえよぉ」
荒井さんと田中さんの出会いは、1968年に公開された田中邦衛主演の『若者たち』という古い映画がきっかけだったという。
「以前、私は映画を上映する仕事をしていて、1996年11月に、山田洋次監督の『虹をつかむ男』の撮影現場を見学したことがありました。そこで煙草をくゆらせて休憩していた邦衛さんを見つけて、たまたま持ってきていた『若者たち』のパンフレットをお見せしたんです。『若者たち』は、若者を巡る社会問題が凝縮された素晴らしい作品なんですね。邦衛さんは『うわあ、懐かしいなあ。ちょっと見してくれよぉ』『字が小さくて読めねえよぉ』なんておっしゃって、すごく喜んでくれた。それが初めての出会いでした」
翌年、荒井さんは田中さんが所属する俳優座(現・株式会社仕事)に交渉して『若者たち』のフィルムを借り、山形で公開30周年の記念上映会を企画した。上映会は大成功を収め、それをきっかけに東京の六本木でも開催され、全国へと広がっていったという。
そんな折り、荒井さんは山形県天童市在住の山口さんという男性から、子供の育成会を立ち上げる記念で、田中邦衛さんに講演をしてもらえるよう仲介してほしいという依頼を受ける。
「邦さん、行くってよ! 会社中大騒ぎだよ!」
「山口さんは『自分の息子は純と同い年で、五郎さんの姿を見ながら自分の子育てをしてきた。だから、育成会の立ち上げでは五郎さんに講演をしてほしい』と言うんですが、私も1回お会いしただけで、そもそも邦衛さんはトークショーをやらないと聞いていた。他の方はどうですかと提案しても、山口さんは『五郎さんじゃなきゃダメだ』と一歩も引かない。
ダメ元で俳優座の方に聞いてみると、東京の人独特の言い方で『邦さん、俺らが頼んでも東京でもやらねえもん。なんで山形なんて行くの?』と。でも、私には山口さんの熱意が乗り移っていたんでしょうね。上映会の成功で強気になっていたのもあって、とにかく『話だけ通してみてください』と頼んだ。すると2日後に連絡があって、『邦さん、行くってよ! 会社中大騒ぎだよ!』と。ただし、私がトークショーの聞き手になることが条件で、私としては大歓迎でした。その半年後の1998年11月8日に、邦衛さんが初めてのトークショーにご夫婦でいらしてくれた」
たった1回会っただけの、『若者たち』のパンフレットを持って現れた荒井さんのことを田中さんは覚えていたのだ。
天童市の小学校体育館で開かれた初めてのトークショーは大盛況で、『北の国から』のテーマ曲とともにピンスポットを浴びて花道に登場した田中さんに館内は大興奮。勢い余った観客らが握手攻めにしたのだという。
「邦衛さんは握手を求める人たち全員としっかり握手しながら花道を進んでくるから、ステージに辿り着くのに5分以上かかったほど。それを見て、なんて素敵な人なんだろうと感動しました」