前日に受けた脂肪吸引手術により、ふくらはぎにできた血栓が命を奪った
死因 : 急性肺動脈血栓塞栓症
なぜ斉藤さんの肺動脈の血液は固まってしまったのか。
急性肺動脈血栓塞栓症は、俗に「エコノミークラス症候群」とも呼ばれている。飛行機の機内のように空気が乾燥し、気圧が低い環境では血液の粘度が上がり、ドロドロになりやすい。そこに長時間同じ姿勢で座っていると、足の血液の流れが悪くなり、ふくらはぎのあたりに血栓ができてしまう(深部静脈血栓症)。イスから立ち上がるなどした際、静脈からはがれた血栓が肺動脈に流れていって詰まり、最悪死に至ることもある。
斉藤さんの場合も、解剖をするとふくらはぎの静脈の中に血栓が見つかった。ここでできた血栓がプカプカと静脈の中を移動し、心臓を経由して肺動脈へと向かう――そうして集まった血栓が最終的に詰まってしまったわけだ。死体検案書の死因欄には、「急性肺動脈血栓塞栓症」と記入した。
死因は判明したが、なぜ血栓ができたのかがわからなかった。斉藤さんは飛行機には乗っていない。彼女は血栓ができやすい体質だったわけでも、足をギプスで固定していたわけでもない。やはり、太ももの黒い出血が何か関係しているのは間違いない。
その後、警察の調べによって、斉藤さんが亡くなる前日、脂肪吸引の手術を受けていたことがわかった。彼女の太ももに広がっていた出血は、そのせいだった。斉藤さんは日帰りで手術を受け、翌朝、自宅で亡くなっていた。
美容外科は専門外だが、一口に脂肪吸引といっても、いろいろな方法があるようだ。斉藤さんの遺体を見る限り、脂肪を取り除くために皮膚に複数の孔を開け、専用の器具で吸引していったように見受けられた。表皮と真皮からなる皮膚の下には、主に脂肪で構成された皮下組織があり、無数の血管が走っている。脂肪だけを取り除こうとしても、吸引する際、どうしても血管を傷つけるので出血は免れない。
通常、手術の際に皮膚の下に出血が起きても、その出血は周りの組織に吸収され、時間が経てば元通りになる。斉藤さんの場合も、その日のうちに家に帰宅していたということは、手術自体は成功したのだろう。そのため、脂肪吸引手術が直接の死因となったわけではない。