ところが警察によると、楢原さんは一度も病院にはかかっていなかった。
彼女は、両親と共に自宅で生活をしていた。両親もまた、彼女の病気、彼女が抱えていた異変について、何も知らされていなかった。楢原さんは誰にもその痛みや恐怖を伝えることなく、むしろ隠すようにして亡くなった。年老いた両親に心配をかけたくなかったのだろうか。あるいは、自分の行く末に希望を見出せなかったのか。それは、本人でなければわからない。
定期的な検査の重要性
多くのがん患者は病院で手術や治療を受け、がんと闘う。だが、私が解剖台の上で出会う“元がん患者”は、大半が治療を受けず、がんのなすがままに任せた人たちだ。それはある種の“終末像”といえるだろう。がんを放っておくとどうなるのか、その終着点を見ることになる。臨床の現場にいる医師たちは、決して目にすることのない光景だ。
なんの治療も施されず、放置されたがん。そこに医師として、興味があることは確かだ。私の法医学教室に運ばれてくる女性の遺体は全体の3割程度である。その中で女性特有のがんで亡くなったケースはなおさら目にする機会は少ない。
思い出すのは「子宮体がん (子宮内膜がん)」で亡くなった50代の女性だ。子宮体がんは近年、日本の成人女性に増えているといわれる。卵巣から分泌される卵胞ホルモンの作用を受けて、月経を起こす子宮内膜という組織からがんが発生する。出産したことがない、肥満、月経不順 (無排卵性月経周期)がある人たちに発症しやすいという。その女性もまた、独身で出産は経験していなかった。おそらく相当な痛みを抱えていたはずで、赤みを失った子宮の内部は、黄色いごつごつとした腫瘍で覆われていた。
乳がんを筆頭に、子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がんといった女性特有のがんはいくつかあるが、そのほとんどが定期的な検診を受けていれば、早期発見が可能だ(子宮体がんについてはほかに比べて見つかりにくいため注意が必要)。医師としての立場でいえば、がんを放置した末の死は、天寿をまっとうした、とはいいがたい。治療を受ければ、救える命もあったはずだ。女性の皆さんにはぜひ、定期的に医療機関で検査をしていただきたい。
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